夢うつつ
少女のこと

 手に包帯を巻き、聖の店に向かう。
 いつものように陽光と菜月が店番をしていた。
「おいおい、どうしたんだよ。その手」
「ちょっとな、痛めた」
 不思議そうな顔をしている。
「大方その辺の壁に八つ当たりでもしたんだろ。もう少し……」
「どうせ、丸くなれとかいいたいんだろ。散々言われた」
 それだけ言って菜月を促した。
「え?」
「師父から何も聞いてないのか?呪符はすでに預かってる。向かうぞ」
「え?陽光さんの支援は?」
 そのあたりを聞くのを忘れていた。
「……支援なし、なんですか?」
「いや……多分ありだ」
「いんや、なし」
 陽光が声をかけてきた。
「はぁ!?」
「敵索も支援も菜月ちゃんでやってみろって。まぁ、かなり無茶苦茶だけど」
「何考えてんだ?」
「阿吽の呼吸のお前が分からんものが、俺が分かるわけないっての。ま、圏外じゃなきゃ電話よこせ。簡単な支援くらいしてやる」
「あぁ」
 そして上にあがり、呪符を発動させる。

 携帯を見て思わずため息が出た。
「見事に圏外だな」
「え?」
 菜月が硬直している。
「敵索に重点を置いてくれ。どっちから来そうだとか、そういうことを教えてくれ」
「分かりました」
「怪我、するなよ」
 思わず頭の上に手のひらを置いた、その瞬間である。
「来ます!」
 指を指して菜月が言う。そちらの方向へ呪を放つ。菜月の側を離れないようにしながら、呪を放つというのがかなり大変なのを初めて知った。
「緋炎さん!後ろ」
「くそっ!」
 何故ここまできりがない。
「緋炎さん!!」
 唐突に菜月が動いた。それを思わずおさえて、妖魔に呪を放つ。
「どうして?」
 すべてがいなくなったあと、菜月が尋ねてきた。
「お前は祖父江の血を引いてるんだろ?叔父にも一人いる。祖父江の血はヒトならざるモノを集めやすいと聞いた。この状況でお前に血を流されたら、それこそ大変なんだ」
「そう、ですか」
「それに……これ、陽光とか師父とか黒龍に言うなよ。この間話した、婚約の約束してるのって、お前と同じくらいの歳なんだ」
 思わず話してしまった。
「馬鹿げた話だと思う。小さい頃会っただけだし、本当の名前知らないんだ」
「知らない?」
「そ。会った頃って自分の名前すら言えない子供だった。なんていうのかな?愛称に近いのを自分の名前だと思い込んでいたんだ。だから会ったときは聞けなかった」
「あぁ、さっちゃんとか、そういうやつですか?」
「似たようなもんだな。だからちいって呼べるようなのが……あとは話さない」
「えぇ?」
「俺ばかり話して面白くない」
 その言葉に菜月が笑っている。
「会えると、良いですね」
「あぁ」
「実はどっかで会ってたりして?」
「たまに嫌な事言うよ、お前は」
 会っていながら気がつかないとなったら、結構ショックだ。
「え?緋炎さんならありえそうかなって」
 かなり酷い言い方だ。
 だが、間もなく試用期間の一ヶ月である。
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