風と今を抱きしめて……
プロローグ

『ゴォ―ッ』

 地響きを立て、大きな翼を広げた機体が空へと飛び立っていく。
 入れ替わるように、反対の方向から大きな機体が滑走路へと、滑り込むように降り立った。


 その様子をもう二時間以上も空港の展望デッキから、コーヒーを片手に見ているのは、上川真矢(かわかみまや)三十三歳。
 細身に方までのゆるやかなウエーブ、ジーンズに白のロングカーディガンが彼女を美しく見せている。

      
 四月のはじめ、空港も落ち着いて人も少なめだ。

 展望デッキには、真矢とこれから旅立つのであろう主婦三人組。

 ビジネスマン風の三十代後半の男性がベンチに座りパソコンを開いている。


 真矢は休日、時間が出来ると空港の展望デッキで飛行機を見るのが楽しみだ。
 特に飛行機の機種など拘わっている訳では無く、気持ちの良い春の風と飛行機の離着陸の興奮に時間の経つのを忘れていた。


 肩にかけた茶色の鞄からスマートホンを出し、二時をまわっている事に気付き慌てて

『ヨッシャーがんばるか!』

 と気合をいれた。


 勢いよく振り向いた真矢は、近くでパソコンを開いていた男の肩に触れ、パソコンの横に積み重なっていた大量の資料が床に落ちてしまった。


 真矢は慌てて「すみません」と資料を拾うが、その男は「チッ」と舌討ちし、不機嫌そうな顔をしている。

 マズイと真矢はもう一度「ごめんなさい」と謝った。

 しかし、男は何も言わない。


 だんだんムッとしてきた真矢は、

 「すみませんでした。こんな所に置いていると風に飛ばされるんじゃないですか?」

 と嫌みたっぷりに拾った資料を少し乱暴に置いた。



 男は

 「一枚足りないけど……」

 と数メーター先に落ちている紙を指さした。

 真矢は慌てて紙を拾いに走るが、たまたま吹いた風に飛ばされ、また追いかける。


 やっとの思いで拾った資料を男に渡すが、

 「あーほんとだ、風に飛ばされるわー」

 と男はニヤリ笑うと、又パソコンの画面に目を向け作業を始めてしまった。


 真矢は資料を落とした自分が悪いのは分かっているが、男のニヤリとしか顏にめちゃめちゃ腹が立った。


 その男、柳原大輔(やなぎはらだいすけ)三十九歳、真矢と大輔は導かれるように出逢った事を、まだ知らない……
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