風と今を抱きしめて……
嫉妬
 課長がいつものように朝のミーティングの号令をかけた。

 ほぼ同時に、白髪に大柄で高そうなスーツに身を包んだ男が堂々と入ってきた。

 その男、長谷川一郎(はせがわいちろう)六十歳、真矢の勤める旅行会社の社長である。

 全員に緊張が走り頭を下げる。

 一郎の後ろから一人の若い女性が入ってきた。


「おはよう、今日は新しいツアーの件で支店長と打ち合わせを兼ねて皆の様子も見に来た。日頃の噂は耳にしているが、時々顔を出さんとなぁ」

 と笑うが、厳しい目で皆を見回した。


「それともう一つ、今日から一か月ほど研修生を横浜支店で頼みたい」

 後ろに居た女性を前に促した。


「長谷川梨花です。初めてで分からない事ばかりですが、ご指導をよろしくお願いします」

 品のある甘い声であいさつした。


 全員が一郎の娘。

 要するに社長令嬢だと悟ったようで表情を変えた。



 大輔と一郎は打ち合わせが終わり、ミーティングルームから出てきた。

 一郎は皆からの質問に適切な指導をしていた。

 自ら現場で指導するのが一郎のやり方であり、一郎の求める方向性が、社員に伝わっているのだ。


 一郎は帰り際に、真矢を見て何やら合図でもするように手を挙げた。

 真矢もニコリと頭を下げた。


 その一瞬のやり取りを、大輔は見逃さなかった。
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