あなたの溺愛から逃れたい
朝食出しの準備をしていると、食堂に創太が入ってくる。

今、食堂にいるのはちょうど私一人だけだ。


「あのさ、逢子……」


名前を呼びながら近付いてくる創太に、私は。



「はいっ。何ですか? 若旦那様!」



明るく、そう答えた……。



二人きりなのに名前を呼ばず。
彼の言いたいことは分かっているのに、何もなかったように振舞った。


それだけで、私の気持ちは創太には伝わったようで。



「……いや、何でもない。今日も頑張りましょうね」


二人きりの時には絶対に使わない口調で、そう答えてくれた。



きっと、胸の痛みはまだしばらく続くのだろう。


でも、きっと永遠じゃない……。


いつか私も、また素敵な恋愛が出来るかもしれない。


そう思って、今だけはこの痛みに耐えて、涙を隠して、生きていくんだ。



そうして日々を過ごしていくうちに、一か月が経った。


創太との恋人関係は、あれきり完全に終わっている。


付き合っていた頃の思い出話を二人でする気分にはまださすがになれないけれど、お互いに普通に会話は出来ていると思う。
挨拶は欠かさずするし、雑談だってする。
創太のことを”創太”とは呼べなくなり、ため口で話すこともなくなったけれど、これで充分満足だ。



創太のお見合いは、三週間後に決まった。お見合いの話はもっと前からあった訳だけれど、双方の予定が合わず、先に延びてしまったとのことだった。


一方私は、特に変わらない日々を送っていた。

時計を確認すると、現在午後四時。いけないいけない、今日は五時に宿泊のお客様がいらっしゃる。お客様が到着される前にお部屋のチェックをしないと。
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