その男


「失礼ね、確かにちょっと軽いかも知れないけど堅物の童貞男より面白いわよ」

「でも結婚相手は浮気をしなさそうな堅物が良くないですか?」

 言い終わり美穂ははっと口を噤む。

 一瞬だけ顔を引きつらせた陽子はそれでも無理に笑みを作った。

「そうね。で堅物くんはどうにかなりそうなの?」

 あの時、電車を降りた美穂はホームから車内の片桐を振り返った。

 片桐はバックから本を取り出すとそれに目を落とす。

 もしかしたら自分を目で追ってくれているかもしれないとほんの少しでも期待した自分が馬鹿だったと、美穂は胸に刺さる痛みを慰めた。

「彼は不落の城です」

「堅物草食童貞が?」

「だからこそです」

 美穂は大袈裟なため息をつくと肘をついた。

「でも、それがいいんです」

 なかなか手に入らないからもっと欲しくなる。

 痛いけどわたしは大丈夫。

 美穂はもう一度ため息をついた。


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