汽笛〜見果てぬ夢をもつものに〜
最終章 再燃
2005年3月

朝の通勤ラッシュ、総武線快速のグリーン車で新聞を広げながら龍二はいつもの一日が始まっていた。
自由が丘に事務所を移転し早三ヶ月、船橋からの通勤は長い。
総武線快速に乗り、品川で京浜東北線に乗り換え大井町まで行く。
そこから東急大井町線に乗り、自由が丘まで通っていた。

2002年に大病した龍二は、体力面に不安が残っていたため、過去に培った人脈を生かし、先ずは日用品のネットワークビジネスを始めた。
僅か半年で最高位のタイトルを獲得、次に耐久品のネットワークビジネスに手掛け、初月から売上を伸ばしていた。
2003年春先のそんな折り、多業種の経営者である木内繁と出会い、営業責任者として経営を助けて欲しいとヘッドハントされ、体力面などだいぶ復活したこともあり受諾した。

業種は、全国地産地消海産物の卸売と飲食店を営む為に創業する、中小企業で株式会社TKエンタープライゼスと言った。
龍二の会社での立場は営業部長で、龍二を見出だした社長の木内は立ち上げ当初こそ共に営業廻りをしていたが、しだいに仕事そっちのけで銀座豪遊やゴルフ三昧の日々を送りワンマンで横柄な人間だった。
そんな交際費を毎月多額を使う木内だったが、経理部長の雪村千明は黙認し事あるごとに龍二の考えを非難し木内に擦り寄り自分の保身だけを考える人間だった。

会社は海産物卸売という業種の特性もあり築地に事務所を構えていたが、木内の独断と偏見で自由が丘に割烹「海幸や」出店を半年前に決めると事務所の移転も勝手に決め、龍二が反対するのを雪村と共に強引に押し退け、三ヶ月前に移転した。
卸先への卸売営業をする意味に於いても築地に本社を構える意味と自由が丘へ移転するのは経費高騰や移動時間の無駄があり、龍二は事務所の移転に最後まで反対していた。
しかし、木内は雪村と結託し全てはねつけた。
ある意味、会社経営の根幹を考えているのは龍二だけで、屋台骨を一身に背負っていると言っても過言はなかった。

そんなある日、木内に呼ばれ龍二は社長室に赴くと、木内から卸売の営業実績が毎月向上していること、地方市場から朝獲れ鮮魚の産直ネットワークを構築した実績が評価され、最年少役員として、常務取締役営業本部長に抜擢された。

しかし、取締役就任数ヶ月後、木内より突然こう切り出された。
「常務、雪村が決算書の計算ミスを侵し予定していた銀行からの融資が受けられなくなった、それは月末の支払が困難な状況にあることを意味する、ついては廣岡も常務と言う経営側の人間であり、個人で融資を受け会社の力になって欲しい」
続け様に雪村も、
「常務、申し訳ありません、私のミスです、私も借りられるだけ借りてきますので常務もお願い致します」

龍二は合点のいかぬ部分があり木内に聞いてみた。
「社長、なぜ提出した決算書の数字が間違っているんですか?」
「常務、黙っていたが粉飾をやって融資を受けようとしたんだ、お前達がだらし無いから赤字を食い俺が苦しんでるんだ、今こそお前達の力を貸してくれ」

龍二は思った。
勝手な言い草だ、と。
また、独断で出店し失敗したことを認めず正当化し責任は全て俺のせいにする人間なんだ、と。

しかし、龍二は自分が抱える部下とその家族を考えると、自分が被るのは仕方ないと思い、ひと唾飲み答えた。
「分かりました、金額の確約は出来ませんがやってみます、ただ粉飾だの偽造だのするなら予め言っておいて欲しかったです」
「なんだと、言ったら反対しただろう」
「賛成とか反対ではなく、予め分かっていたらミスを事前に防げたのではと感じます」
「分かった、何にしても頼むぞ、雪村とお前のせいで会社倒産の危機なんだからな、俺に不幸をかけるな」
そう木内は最後に言うと龍二の言葉を聞かず部屋を出て、こんな状況にも関わらず銀座へと向かって行った。

その後、龍二は個人で五百万の融資を受け全て会社に投入し一先ず会社倒産危機の最初の山を越えていた。

龍二は、再び借金というものを抱える生活になったが、従業員を守ると言う大義を自分自身に言い聞かせ日々を過ごして行った。
< 19 / 24 >

この作品をシェア

pagetop