好きって言って、その唇で。

｢片桐 伶斗(かたぎり れいと)、ねえ……｣


私の所属する小さな会社を買収した大企業の会社の御曹司だという男。

いずれは社長の座に着くということで、日本に手を広げるついでに修行という名目で支社長を務めるためはるばるフランスからやって来たらしい。


母親は日本人。その影響で非常に日本語も流暢。フランスでの名前はアンリ・ド……なんたら。長くて忘れた。

世の中の女性全てをこよなく愛する超絶フェミニスト――ざっくり言えば、相当な遊び人らしい。

何故こんなに詳しいのかというと。


｢あー、素敵！また遊んでくれないかなぁ｣


今、私の隣にいる先輩女性社員が片桐さんにベタ惚れなのである。耳タコ耳タコ。片桐 伶斗の情報は嫌になるほど聞かされた。

彼がこの新設されたオフィスに来てから数ヶ月が経とうとしているが、誰とデートした誰が抱かれた、そんな話が毎日飛び交っている。


｢……私、ああいう人苦手だわ｣


私がそう呟くや否や、片桐さんがこちらの存在に気付いたようでバッチリ目が合った。

嘘、今の聞かれた！？と内心慌てていると爽やかな笑顔で手を振られた。


気のせい気のせい。たぶん私の後ろにいる人とかに手を振ったんだろう。そう思うことにして私は片桐さん及び女子軍団から背を向けてオフィスを目指した。


あんな芸能人みたいな人気のある人に関わったら私の人生はいよいよ終わりだ。
間違っても関わり合わないようにしなくては。