不器用王子の甘い誘惑
 酔った勢いに乗り過ぎた。
 あとは……紗良が可愛くて。

 触れた頬にキスしたかった。
 それなのに紗良は体をグッと押し離して、無情な言葉を発した。

「こ、こ、ここまでの練習は無理……です。
 こ、こ、こ、これ以上は本当に好きな方とどうぞ。」

 フフッと笑って「ひよこでも飼ってるの?」ってからかった。

 本当に好きな人………か。

 頬から離した手は熱を帯びていて、その熱が外気にさらされて急速に冷めていく。
 それがどうしても嫌で思わず紗良の手を握った。

「手を……繋ぐのは許してくれるかな。
 酔って足取りがおぼつかないんだ。」

 本当は頭の芯はハッキリしていて、酔った勢いなんて言葉を借りただけで、どちらかと言えば自分自身の暴走で。
 ただ紗良を離したくないだけだった。

 返事をしない紗良は手を振り払うこともしなくて、ただ隣を歩いた。

 駅に向かうはずだったのに、歩いて歩いて歩いて、いつの間にか1区間歩いていた。

 電車に乗る時もずっと手は繋いだまま。
 改札を通る時に煩わしそうにされたら抱きかかえて改札を通過してしまいそうだった。

 どう通ったのか覚えてないけど、とにかく手は離さなかった。

 ずっと何も話さない無言の時間。
 右手にぬくもりを感じて俺は幸せを噛み締めていた。


 電車を降りて紗良が不安そうに口を開いた。

「松田さんの家って……。
 ここで降りて大丈夫でした?」

 魔法が解ける合図の気がした。

 大丈夫だからと言って無理矢理に紗良のアパートまで送る。

「ありがとうございました。」

「いいところだね。駅から近くて。」

「電車の音がうるさいですけどね。
 松田さんは大丈夫ですか?」

「あぁ。俺の家、スリーピングカンパニーにいた頃と同じだから。」

「電車、間に合いますか?」

「何?間に合わなかったら泊めてくれる?」

「そ、そんなわけないです。
 急いで行ってください!
 言っておきますけど、間に合わなかったら野宿ですからね!」

「ひどいなぁ。」

 本当にひどい。
 俺はまだ離れたくないのに。
 手を離せずにいる片方の手に少しだけ力をこめると、見上げた紗良と目が合った。

「終電まで……話しててもいい?」

 もう少しだけ。もう少しだけ。





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