不器用王子の甘い誘惑
 何きっかけでも食事に誘い出せたのは結果オーライとしておこう。

「何を食べる?」

「えっと…………。」

 久しぶりに来るフレンチ。
 張り切り過ぎたかと思うけど、俺にしたら感動の再会を乾杯したい。
 例え、声に出せずに心の中で祝う乾杯だとしても。

 戸惑っていそうな紗良に「じゃコースでもいいかな?」と提案すると壊れたおもちゃみたいにカクンと首を縦に下ろした。

「お酒、大丈夫だった?
 飲めないとか、弱いとか。
 飲めなくはないか、前に酔ってたね。
 俺は車だからやめとくけど、良かったら飲んで。」

 紗良がさっきから全然話さないせいか、緊張のせいなのか、饒舌になっている気がする。

 懐かしいな。
 王子様とお姫様ならフォークとナイフで食べるでございます。って言って一緒に練習したっけ。
 小枝のフォークに砂のステーキで。

「練習にこういうのも含まれるんですか?」

 この練習は口説く練習の方かな。

 何故か小声の紗良に苦笑しつつも俺も小声で返す。

「だって練習に付き合ってくれるんでしょ?
 ねぇどうして小声?」

「だって………。」

 我慢できなくて、フッと笑うと紗良は赤い顔をした。

「彼女に箸をお願いします。」

 見かねてギャルソンに声をかけた。

 さすがに小枝と砂で練習したテーブルマナーじゃ上達は難しかったよね。

 顔を赤くした紗良が「お気遣いありがとうございます」と蚊が鳴くような声で言った。

「大丈夫だよ。
 カジュアルなフランス料理店だし、どうぞお箸でって言ってくれるよ。」

 叶えてあげたかった。
 王子様とディナーを食べる夢。
 本当はドレスを着て、晩餐会みたいな盛大にしたいけど、これは練習だからね。

 あとは舞踊会も開かないとね。

 紗良がまた小声で面白いことを口にした。

「口説くってどうやるのでしょう?」

「それを紗良さんに聞いているんだよ。」

「練習には付き合うと言いましたけど、口説き方なんて私にも分かりません。」

 ハハッ。考えなしはお互い様か。

「では、紗良さんならここで何を言われたらドキドキする?」

「え?」

 考えているようなしばらくの沈黙。
 ようやく口を開いた紗良からはガッカリする内容。

「黙っていても松田さんなら大丈夫ですよ。
 だいたい思ったんですけど、女性の方から言い寄って来られるから大丈夫なんじゃないですか?」

 大丈夫じゃないから聞いてるのに。

「だって練習してくれるんでしょ?」

「やっぱり練習なんておかしいですよ。
 せっかくですけど……。」

 そんなこと言われてももう引き返せない。
 近くで話せて愛を囁けるこの距離を手放したくなかった。



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