不器用王子の甘い誘惑
「ヨシッ!」

 電話を切ると小さくガッツポーズをした。

「爽助がそんなに嬉しそうなんて珍しいわね。
 何かいいことでも?」

「あぁ。麗華。」

 シープに来て仕事にはずいぶん慣れた。
 その為にやらなきゃいけない仕事はどんどん増えていく。

 俺がやらなきゃいけない仕事だし、文句があるわけじゃない。

 ただ、同じ職場の隣の席のはずなのに、ほとんど言葉を交わせなくて、紗良のアパートに迎えに行きたくても行けるような時間じゃなくて、電話さえも出来る時間じゃない日々を送っていた。

 今日は諦めて会社から電話をかけたのだ。

「遅くまでお疲れ様。」

「麗華もな。」

「土曜も出るんでしょ?」

「まぁ。日曜にどうしても外せない用事が出来たから。」

「出来たからって作ったの間違いでしょ?
 そこの目標に向かって頑張れるようにって。」

 麗華は近くの机にもたれかかって長い髪をかきあげた。
 長い付き合いはなんでもお見通しだ。
 ま、亘は長い付き合いでも勘が悪いからな。

「まぁな。
 亘も麗華くらい勘が良ければな。」

「フフッ。亘はあれがいいんじゃない。」

「褒めてないぞ。それ。」

「そう?フフッ。
 さぁ私は帰ろっと夜更かしはお肌の天敵だもの。」

「友達甲斐のない奴。」

 ヒラヒラと手を振って麗華は帰って行った。

「さてと。」

 気合いを入れ直して仕事に取り掛かった。
 日曜に絶対に紗良とデートへ行く為に。



「ごめんなさい。待ちましたよね?」

 アパートの階段を慌てて駆け下りる紗良に「ゆっくりでいいから」と声をかけた。

 紗良の装いは白い飾りの襟がついたグレーのワンピース。
 ふわっとしたシルエットで、袖の部分と裾の部分に白のレースがあしらってあった。

「あの……恥ずかしいので、あんまり見ないでください。」

「お姫様みたいだよ。
 ほら。お姫様。お手をどうぞ。」

 俯く紗良に微笑んで手を差し出した。

 車に乗り込むと紗良がまだ服を気にしているみたいだ。
 そこがまた可愛いんだけど。

「張り切り過ぎですよね?
 恥ずかしいのに瑞稀がもっとすごいのを進めてきたりして……。」

「俺の為に可愛くしてきてくれたんでしょ?
 嬉しいよ。
 瑞稀……ちゃんはお友達?」

「はい。小学生の頃からの。
 すっごく男前な子で……。
 あ、女の子なんですけどね。
 男前って変か。」

 どれだけ心配なんだよって失笑する。
 瑞稀ちゃん?ってわざと聞いて、男前って言われてズキッとするのに、女の子と言われてホッとして。

「松田さんも似合ってます。」

「ブッブー。松田さんと敬語は禁止!」

「……爽助さん?」

「まぁさん付けでも今日のところは許す。
 さぁ。松田さんって呼んだ罰として、どこがどう似合ってるのか具体的に褒めて。」

 今日会えるのも仕事を頑張ったご褒美だけどさ。
 もっと他にもご褒美をもらってもバチは当たらないよね?




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