不器用王子の甘い誘惑
29.離れたくない
 麗華さんから電話なのは見えてしまった。
 それで仕事だと言う。

 麗華さんと会うから私はお払い箱じゃなくて?
 ううん。松田さんは誠実な人だって分かる。
 だからそんな嘘つかない。

 もし麗華さんが想い人だったとしても、その人にデートに誘われたのなら、きっと正直に告げてくれると思う。

 松田さんが少しだけ不機嫌そうで、松田さんも帰りたくなかったのかなって都合のいい解釈をしたくなる。

 手を引いた松田さんが出口とは逆に進んで、ギフトショップに入った。
 その中でさっき見ていたゴマフアザラシのぬいぐるみの中からキリッとした顔のアザラシを選んで支払いを済ませた。

 その後にレジの人に予約したお店へのキャンセルを頼んでいた。
 本当に予約してあったみたいで「残念ですけど」と言葉を添える松田さんに胸が痛くなった。

 無言で歩く松田さんはそのまま出口に向かって歩く。
 駐車場に着いて、こんな時にもドアを開けてくれて車に乗り込んだ。

 車はゆっくりと発進した。

「ごめんね。
 またこの埋め合わせはさせて。」

「そんな。私は何もしてなくて短い時間でも楽しませてもらえました。」

 ドキドキの方が多かったけど楽しかった。
 本当は帰りたくないくらいに。

 帰りは怖いとまでは行かないけれど、急ぎ気味な運転だった。
 仕事が気になるからって分かっているのに、少しだけつらかった。

 アパートまでは送らせてと言う松田さんに甘えていいのか……と思っていると、車を道に寄せた松田さんが窓を開けた。

「麗華!お前、今から行くのか?」

 麗華……お前………まざまざと見せつけられる立場の違い。

「えぇ。
 ごめんなさいね。天野さん。
 仕事だから許してやって。」

「あ、あの!
 私、ここから電車で帰れますし、松田さんと一緒に行ってください。」

 私が出来る最良のことが瞬時に分かってしまった自分が少しだけ恨めしい。
 でも私は他に何も出来ないから。

「やーよ。爽助の車なんて。
 ちゃんと家まで送り届けてもらいなさい。
 仕事優先の奴に気を遣う必要ないわよ。」

 麗華さんは笑って手をヒラヒラさせて歩いて行ってしまった。

 なんだか居た堪れない。
 余計なことしちゃったのかも。

 松田さんが、相手は全く俺のこと見ていないって言ってたのに……。
 麗華さんの態度は確かに松田さんをなんとも思っていなくて。

 無言になってしまった松田さんに、やっぱり余計なことしたんだと心が沈んでいく。

 私は何も出来ないのに。
 今から麗華さんはずっと仕事を手伝うのだろう。
 私はただのお荷物にしかなれなくて……。

「あの……本当に電車で帰れますから松田さんも会社に……。」

「いいから!
 ………いいからこれ以上、俺を惨めにさせないで。」





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