不器用王子の甘い誘惑
32.不器用ですから
 食べに行きたいところがあると言われ、連れてこられたのは前に亘さんと会ったカフェ。
 今日は亘さんはいないみたいで純粋にカフェに来ただけみたいだ。

 体調は大丈夫だからと言う松田さんを信じて一緒に出かけていいのかなと心配になる。

「マスター。我儘を言って申し訳ないけど、病み上がりでも食べれそうなものと、紗良にも何かお願いします。」

「えぇ。お安い御用ですよ。」

 優しそうなマスターは微笑んで何か作ってくれるみたい。

 本当にいい所だ。
 お店の雰囲気も落ち着くし。

「前、ここに来た時は悪かったよ。
 謝りたかったんだ。」

「いいえ。そんなこと………ひゃっ!」

 今日はカウンターじゃなくて2人がけのテーブル席。
 そこは前みたいにテープルクロスで足元が分からなくなっていて………。

「ハハッ。ごめんね。
 これがしたくてカウンターやめたんだ。
 よく亘とここでやってたんだ。
 あと麗華もいて。」

 絡まれた足をほどかれて心臓がキューッと痛くなった。
 それでも笑顔を向けた。

「仲良しなんですね。」

「ん?まぁ……そうかな。
 紗良も瑞稀ちゃんと仲がいいんだよね?
 前に会社の昼休みに見かけた時、一緒にいた子?」

「あの子は同期の未智です。
 何故だか私の周りの友達は綺麗でサバサバした子が多くて。」

「そうなんだね。」

 何気ない会話。

 松田さんは知らないだろう。
 職場で顔を見なくなって1ヶ月。
 忙しい松田さんと顔を合わせることがなくなった。

 そしてその間に職場では麗華さんは松田さんの婚約者らしいという噂で持ちきりになった。

 松田さんに色めき立っていた社内のムードも麗華さんの登場で一気に冷めた。
 冷めたというよりお似合いだとお祝いモード。

 私も似合っていると思う。

 香川先輩が異動したおかげなのか、その噂のおかげなのか、私への松田さんと仲良くしてる!という嫌がらせも無くなった。

 松田さんは何から何まで王子様でやっぱり私とは世界が違う人………。

「はい。お待たせしました。」

 マスターが私にはグラタンで、松田さんにはリゾットみたいなものを運んでくれた。
 あとはサラダもあって、飲み物は後で頼んでくださいと言われた。

 松田さんはいつもそうだからなのか、コーヒーも一緒に運ばれてきている。

「紗良さんでしたよね?」

「はい。」

 マスターに名前を覚えてもらえていて、なんだか嬉しい。
 優しい笑顔を向けるマスターが私にこっそりと耳打ちした。

「爽助くんは不器用ですから、そこを汲んであげてください。」

「え?」

 どういうことなのかとマスターの顔を見ても微笑むだけで答えはくれない。

「マスター、なんの内緒話?」

「食事が美味しくなるおまじないを教えて差し上げたのですよ。
 爽助くんもコーヒーお代わりいるなら言ってくださいね。」

 爽助くんは不器用………。

 ぼんやりしていると、また脚を絡められて「もう!」と今度は文句を言うと「ごめん」と肩を竦められた。

 不器用?どこが?
 この自覚なし天然たらし男が?



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