極上スイートオフィス 御曹司の独占愛


戦わずして、逃げた。
今思えば、私から別れを告げたことが私の最後の賭けだったのかもしれない。


「ほんとに何もない。会ったのもその二度だけだし、専務もご一緒だった」


そんな馬鹿なこと、あるはずない。
二度の逢瀬を偶然二度も目撃するなんてありえない。


それに。
彼は翌日、言ったのだ。


「嘘。だって朝比奈さん、言った」

「何?」

「翌日。夕べ何してたんですかって聞いたら、真っ直ぐ帰ったって嘘吐いたじゃないですか!」



これ以上の会話を拒否して、目をそらし頑なに顔を背ける。
やがてそんな私の態度に、彼は諦めたんだろう。


ため息を落とした。


「……わかった。部屋まで送る」

「いりません。ひとりで歩けます」


彼の手を払い除けて、一歩踏み出せば痛みはあったものの歩けないほどでもなかった。
けれど彼はしつこく後ろを追いかけてくる。


「階段がある。危ないから……」

「しつこいです。もう」


無視して階段の手前まで来た時だった。
いきなり身体が宙に浮いたかと思ったら、肩に担ぎ上げられてしまった。


「ちょっ!何するんですか!」

「何もしないよ、部屋まで送るだけ。あんまり騒いだらアパートの住人に迷惑だよ」


言われて、ぐっと反論に出かかっていた言葉を飲み込んだ。
かつん、かつんと革靴の音が階段を上がる。


「今日のところは帰るけど」

「次はないです。さっきわかったって言ったじゃないですか」


二階まで上がっても、彼は私を担いだまま通路を行く。
部屋の前まで来て、やっと下ろしてくれた。


「うん、よくわかった。僕がどこからやり直さないといけないのか」

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