HEROに花束を(完)

今日生けてあるのは黄色と紫のパンジー。


早朝の眩しい光が白いカーテンを通り越して病室にさんさんとふり注がれている。


桜の小瓶を光にかざしている君が見えて、胸が膨らむ。



どこか妄想的なその空間は、現実世界とは思えないほど綺麗で…悲しかった。

さらりと揺れる君の髪は、光の筋が絡み合って、この世のものとは思えないほど美しく見えた。

ガラスの小瓶から反射する桃色の粒が、君の澄んだ瞳の中で優しげに踊っている。


まるで世界中のみんなが息を飲んで見ているみたいに。

さんさんと差し込む淡い日差しと君とが、一つの絵になって浮かび上がっているみたいだった。

言葉にならない想いが込み上げて、まるでオーケストラが最後の瞬間をそっと奏でたみたいに、哀しくて虚しい、よくわからない気持ちが複雑に絡み合った。


泣かない、絶対に。


ーだって、君は…


「悠…!」


……笑顔を見るのが幸せなんでしょう…?


ふわりと、絵の中で固まっていたはずの柔らかな髪が踊り、つぶらな瞳から花びらの反射が消え、こちらへ向けられるとともに影が差した。


何ヶ月ぶりだろう、悠に話しかけたのは。


久しぶりに見る、悠のわたしに向けられた眼差しに、全身の毛が高揚感とともに逆立つ。


どんどんと表情が曇ってゆく君の瞳は、不安げに大きく見開かれる。


それなのに、それを気にしないかのようにつかつかと悠のベッドの方へ歩み寄って行くわたしの足は、まるで宙を歩いているかのような感じで、ひどく不思議な感覚に陥った。


「千秋がね、最近彼氏できたんだよー。」


なるべくいつものように、いつものように。

何度も自分に言い聞かせてきた。



「それで、惚気話をずーっと聞いてなくちゃいけなくて、もう疲れちゃった。」


そう言ってクスって笑う。


「二人ってば、ラブラブなんだよ。ほら、あの二組の森くん。意外だよね〜。」


わたしは彼の強い視線から逃れるように窓から外を覗く。別に見るものなんてないのに、まるで何かを探しているかのように視線の泳ぎが止まらない。

声が出なくなって、まるで魔女に喉を鷲掴みにされているような感覚から逃れたくて、わたしは必死で喋った。


「あーあ、もう桜は散っちゃったね。」


青い蕾を芽吹かせた木々が眩しい。


少しだけ怖くなってゆっくりと振り返れば、じっとわたしを見つめる悠と今一度目が合った。


奥二重の切り長の瞳が食い入るようにわたしの瞳を探っている。


まるで真実を暴こうとしているように。わたしの心の奥を見抜こうとしているように。


浅く息を吸って乾いた唇を舐めた。


ーだってわたし…

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