千の春






20時になる頃まで岬たちは弾いていた。
日が暮れて、そろそろお暇するという時になって、岬は自分の手をまじまじと見た。

女にしては大きい手だ。
普通は大きい手は女らしくない、と気にするものなのだろう。

けれど、岬は自分の手が誇らしかった。
小さい手ではリストの曲を弾くのは難しい。
もし私の手が小さかったら、愛の夢を弾くので精一杯だっただろう。
リストを弾けるくらい、私の手が大きくて良かった、とその時思った。

「送ってくよ」と言う千春を断って、岬は夜の街を自転車で駆け抜けた。
すごく晴れやかな気持ちだった。

すごい、すごい、あの音、何なの。
悔しい、弾きたい、あんな風に。

顔にぶつかってくる風が気持ち良かった。
胸の奥から熱量が溢れ出してくる感じ。
地中深くから植物が芽を出すように、岬は、何かが変わっていく気がした。
16歳の、春の夜だった。







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