千の春






「恋愛関係には、関わらないようにしてるの」

「なんで?」

「昔、嫌なことがあって」


酒の席での話だ。
丸井くんは酔ってるし、岬も酔ってる。
明日になれば、きっと誰も覚えてない話。


「高校二年の時、同級生の子に絡まれた」

「絡まれたって」

高校二年の夏。
岬の学校の野球部が地区大会の準決勝で敗れて、学校に落ち着きが戻ってきた頃。

昼さがりの音楽室で、岬が暇つぶしにモーツァルトの子犬のワルツを弾いていた時、同じクラスの女の子が入ってきた。
岬は声をかけなかった。
けれど、岬がピアノを弾き終わるとともに、その子が話しかけてきた。
今ではもう名前も思い出せない。
そのくらい、岬とは関わりがなかった子。


「岬ちゃんと千春くんって付き合ってるの?」

「付き合ってないよ」


当時、よく岬と千春の仲を噂された。
岬も千春も聞かれるたび否定したが。

けれど、事実として岬の一番近くにいたのは千春だったし、千春の一番近くにいたのも岬だった。

なんで男女が一緒にいるだけで恋愛関係というくくりにまとめられるのだろう。
ライバルでも、親友でも、そんな関係もあるはずなのに。
全ての異性に恋をするはずがないのに。


「でも、千春くんは岬ちゃんのこと好きだよね」


二つに結んだおさげの髪をいじりながら、彼女はそういった。
岬は否定するのもなんだかためらわれたので、正直に返した。







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