千の春






iPodを操作し、曲名が画面上を流れていくのを見つめる。
穏やかな曲。
私が愛する、緩やかで、凪いでいるような。
そんな曲を探す。

ラヴェルの亡き女王のためのパヴァーヌを再生。
しっとりとした音。
あぁ、やっぱりいいなぁ、と岬は一息つく。
愛の艶やかさも、愛の喜びも、激しさも、そんなものを超越した地点にいる音楽。

目を閉じる。
真っ暗な視界に、泡がふわふわと浮いている。
岬にとって、音楽は泡だ。
泡沫の夢、一瞬で通り過ぎていく音が、当たり前のような顔して心と体に浸透していく。
川の流れに泡が流れていくように。
メロディに乗っていく音。

パチン、と泡がはじけた感触。
日向の声が再生される。
岬より1オクターブ低い声。

“知ってるんでしょ”

知っている。
というか、岬に取り憑くなんて趣味の悪いことをする人物を、岬は一人しか知らない。
苦い思い出だ。
まだ3年しか経っていないというのに。
記憶の中の彼の声は、いつも甲高く、耳障りだ。







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