【長編】戦(イクサ)林羅山篇
女嫌いの家光
「今日、こちらに参りましたの
は、若様が女に興味をお示しにな
らないという噂があり、そのお心
をお聞きしたいと思ったからで
す」
「そのようなこと、先生には関係
ないことでしょう」
「私は先頃、子を一人亡くしまし
た。残る二人の子も危うく死なせ
るところでした。それで思ったの
です。私が死んだ時、私がこれま
でしてきたことが全て失われ、後
世に何も遺らないのではないか
と。もちろん私のような者にどれ
ほど遺す価値があることをしてき
たか。しかし、私のような者でも
そう考えるのです。まして若様は
権現様が築かれた天下泰平の世を
後世に伝える天命がございます。
それをなんとお考えなのか。若様
と一緒に学んだ私や若様をここま
で育てられたお福殿には知ってお
く必要があると思ったのです」
「そうですか。先生のお子が亡く
なったのですか。さぞお辛いこと
でしょう。私はなにも子を儲けた
くないと思っているのではないの
です。父上は私に公家の姫を嫁が
せようと無理強いしています。そ
れが嫌なのです。私は帝が和子を
嫌がっていたのが分かるのです」
「しかし、今は帝も和子様を快く
思っておられるようです。人は
会ってみなければその良し悪しは
分からぬものです」
「それはそうですが、私は民の心
が離れるのが心配なのです」
「民の心」
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