【長編】戦(イクサ)林羅山篇
正成の閉居
 正成が仕えている松平忠昌の
兄、忠直は素行の悪さを以前から
秀忠に目をつけられていた。少し
でも家光の邪魔になる者は身内で
も許さないという見せしめもあ
り、配流として領地を忠昌に移封
とする命が下った。その領地は越
前、北ノ庄。かつて豊臣秀吉に抵
抗していた柴田勝家が所領とし、
後に慶長の朝鮮出兵で総大将とし
て戦った小早川秀秋が戦功を挙げ
たにもかかわらず、秀吉の怒りを
かい、筑前から国替えさせられた
という因縁の場所。
 忠昌にとっては越後、高田の二
十五万石から五十万石への大きな
飛躍だったが、正成にとっては雪
深い僻地への左遷に等しく、もし
や自分が秀秋の家臣であったこと
や忠昌の所領をわずか四年で増大
させたことに秀忠が脅威を感じ、
江戸から遠ざけようとしているの
ではないかと疑った。
 正成は意を決して忠昌のもとに
出向いた。
「正成、浮かぬ顔をしてどうし
た」
「はっ、こたびの国替え、私は喜
べませぬ」
「なぜだ」
「北ノ庄は石高加増とは申せ、そ
の地は雪深く、江戸から遠ざけら
れております。また、このように
度々国替えさせられるは、殿のお
力をそぐのが狙いではないかと」
「それは正成のかんぐりだ。上様
は私の力を認めておられるからこ
その国替えと、私は思っておる。
それに、かつて権現様も秀吉公よ
り、荒地だった江戸を賜り、今の
ような繁栄の都を築かれた。私も
北ノ庄をそのようにしてみたい」
「そのお考え、ご立派にございま
す。私は恥ずかしい。さもしい疑
念を抱くような私が殿のお側にい
ることで災いとなっては死しても
償うことはできません。どうかお
暇をいただきたくお願い申し上げ
ます」
「それはならん。正成がいてこそ
の私ではないか」
「もったいなきお言葉にございま
す。すでに私などいなくても殿は
立派に成し遂げられましょう。私
はそれを遠くで見守っておりま
す」
 忠昌は強く説得したが正成の意
思は固く、閉居し、忠昌が北ノ庄
に旅立つのを見送った。
< 165 / 259 >

この作品をシェア

pagetop