【長編】戦(イクサ)林羅山篇
春斎の登城
 江戸に戻った道春は家光に春斎
の拝謁を請い許された。
 道春の後について江戸城に向か
う春斎は、城の周りをキョロキョ
ロ見渡しながら、家にいる時は気
さくで優しい父、道春の後姿がひ
ときわ大きく見えた。
 座敷に入ってしばらくすると家
光が現れ、春斎は平伏した。道春
に促されて顔を上げると征夷大将
軍の風格が出てきた家光に身が引
き締まった。
 家光は道春がいつもとは違う父
親の顔になっていることが可笑し
かった。
「そなたが春斎か」
「はっ。お初にお目にかかりま
す。春斎にございます。このたび
は上様に拝謁の栄誉を賜り、最上
の誉れにございます」
「ふむ、そなたの父上を見習い、
よう精進して私を助けてほしい」
「ははっ、身命を賭して上様にご
奉公いたします」
「道春、良き後継者に恵まれた
な」
「恐れ入ります。今後は側にお
き、さらに精進させとうございま
す」
「それはよい。私もそろそろ後継
者のことを考えねばな」
「おお、ご決断なさいましたか」
「なんじゃ決断とは。もしや福か
ら何か聞いておるのか」
「あぅ、いや、なにも。しかし子
をもうけるのは早ければ早いほど
よろしい、と思います」
「こればかりは神のご加護がなけ
ればな」
「その前に、良き女性(にょしょ
う)にございます」
「やっぱり福に聞いておろう」
「いやなにも。それよりこの冬の
不作は民がたいそう難儀をしてお
りましたが、上様のご配慮で一息
ついておるようにございます」
「おお、そうか。それは良かっ
た」
 春斎は二人の会話に強い信頼と
深い絆を感じた。
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