【長編】戦(イクサ)林羅山篇
牛黄
 家康は自ら薬草を調合するほど
薬には詳しかったが、この時は狼
狽して何も考えられないといった
様子だった。
「竹千代様が高熱。それは一大
事。しかし幼子に薬はかえって毒
になることもあります。また、何
から生じた熱なのか…」
 羅山はそう言いながら書棚に
あった「本草蒙筌」「本草綱目」
「神王本草経」などを探し出して
調べた。
「牛黄は試されましたか」
「ごおう。いやそのような薬草は
聞いたことがない」
「薬草ではありません。牛の体内
から取り出したものですが、めっ
たに見つからないものです」
「そのようなものがあるのか。し
かしすぐに手に入らんのではどう
しようもない」
「私に心当たりがありますので、
手に入るかすぐに調べ、あればお
届けします。御免」
 羅山は家康の気持ちを察してす
ぐに城を出ると屋敷に帰り、弟子
の菅得庵を呼んだ。
「得庵、将軍のお子の竹千代様が
高熱を出されているらしい。すぐ
に牛黄や高熱に効きそうな薬を取
り寄せてもらいたい」
「牛黄は貴重ですが幼子なら少量
で足りますね。分かりました」
「私はこれから行く所がある。手
に入ったら直接、大御所様の所へ
持って行き、調合の仕方を伝え
よ」
「薬にした物のほうが良いので
は」
「いや、大御所様が調合すること
に意味がある。大御所様は薬につ
いて詳しいから心配ない」
「分かりました」
 二人はすぐに分かれ、得庵は恩
師の曲直瀬玄朔の診療所に向か
い、羅山は木下長嘯子の屋敷に向
かった。
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