【長編】戦(イクサ)林羅山篇
火箭
 駿河では火薬の原料が産出され
るため火薬作りが盛んだったのだ
が、その一角で見覚えのあるもの
が作られていた。
(火箭ではないか)
 関ヶ原の合戦の時、島津義弘の
部隊が大量に運び込んだ火箭に東
軍は苦しめられ、家康は敗北を認
め退却しようと考えるほど追い詰
めた物だ。それが今、目の前で作
られていたのだ。
 道春は始めて見るといった物珍
しいそうな顔で作業をしていた者
に尋ねた。
「これはなんですか」
「これは狼煙ですじゃ」
「狼煙」
「そうでございます。これを立て
かけて、ここに火をつければ空高
く上がり、白い煙がパッと出るの
でございます」
「武器ではないのか。以前、薩摩
で見たことがあるものに似ている
ようだが」
「あなた様は薩摩をご存知でした
か。前は戦いに使われたこともあ
ると島津の方々はおっしゃってま
したがね」
「これは島津の者に教わったの
か」
「そうですじゃ。先の合戦で落ち
延びた島津の方々に大御所様が命
じられたと聞いておりますが、と
ころであなた様はどなたで」
「私は道春と申します。大御所様
の側に仕え書庫の管理をしている
者で、怪しい者ではありません」
「そうですか。でもあまりこのこ
とは他言せんでくだされ。喋っ
ちゃならんかったかも」
「もちろん。安心してください」
 道春は島津隊が西軍でありなが
ら薩摩の領地を安堵されたことに
疑問を抱いていたが、これで分
かった。そして西軍の敗北が決定
的となり退却しようとした島津隊
の大多数の将兵が死んだと思って
いたが、その一部が生き延びてい
たことに少しほっとした。
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