【長編】戦(イクサ)林羅山篇
大御所様の知恵者
 大蔵卿局は淀の乳母だったこと
もあり、今は淀の相談役として側
に仕えていた。
「しかし、こちらが戦の大義名分
を与えてやった方広寺のことは軽
くいなし、別の難題を突きつけて
くるとは。それもまるで戦を避け
ろと言わんばかり…。まさか。且
元、最近、大御所様の近くに誰か
知恵者が加わっておらなんだか」
「はあ。それでしたら正純殿と一
緒に崇伝と申す僧侶がおり、どう
やらこの者が鐘の銘文の意味を解
いたと思われます」
「いや、その者ではない。銘文の
本当の意味を解いた者がいるはず
じゃ。且元、すまぬがそなたを駿
府に送り込む。なんとしても大御
所様の側にいる知恵者を見つけ出
し、その者の様子を探ってもらい
たい」
「ははっ」
 淀は世間に「家康は方広寺の梵
鐘に刻まれた銘文のことに難癖を
つけ、秀頼様を大坂城から追い出
そうとしている」と触れ回らせ
た。そしてその交渉にあたった片
桐且元の立場を悪くし、大坂城か
ら遠ざけた。
 且元は大蔵卿局の子で淀とは幼
馴染の大野治長らに命を狙われて
いると家康のもとに泣きつき、駿
府に身を寄せることになった。
 しばらくして淀のもとに家康の
側には道春がいることが知らされ
た。
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