帰宅部の反乱
第一章
 「ねえ、どこの中学出身?」
 いきなり声をかけられた。入学式を終え、指定された教室の、指定された座席に座り、これから始まる新生活に期待と不安を感じながら、窓の外の桜の樹を眺めていた時だった。
 声をかけたのは、前の座席に座っていた少女だった。ショートボブの、笑顔のよく似合う子だ。真新しいセーラー服(入学式当日なので当たり前だが)の袖から伸びる細い腕は、雪のように白い。
 「長峰中学だけど……」
 「結構遠いね。ひょっとして、電車通学?」
 「そうだよ」
 「じゃあさ、あの、改札口でピッてするの、やってるの?」
 「うん。やってるよ」
 「私さ、あれ、一回やってみたいんだ。今度、やらせてくれる?」
 「でも、それって、自分の名義でないと、使えないはずだよ。」
 「そうなんだ。あ、私、安藤沙紀。よろしくね」
 「私は、一ノ瀬香織」
 「いちのせ? 変わった苗字だね。どんな漢字書くの?」
 「数字の一に、カタカナのノ、瀬戸の瀬」
 「苗字にカタカナが入ってるの? すごいね」
 「そうかな」
 沙紀と名乗るその少女は、次々と話しかけてきた。家族のこと、中学校のこと、好きなアイドルグループのこと……。香織が通っていた中学校から、この緑風高校に入学した生徒は少ない。クラス割りを見てみると、このクラスの女子では、香織だけだ。果たして友達ができるのか、不安を感じていたところだったので、香織は、沙紀の話をいやな顔ひとつせずに聞いていた。
 「ところで、部活どうする? よかったら、同じクラブに入らない?」
 「あ、私、入るクラブ決めてるんだ」
 「そうなんだ。で、何部なの?」
 「ソフトボール部だよ」
 「あ……」
 突然、沙紀の表情が一変した。屈託のない笑顔が消え、急に黙りこんでしまった。どうしたんだろう、何か悪いことを言ったのだろうか。香織がそのことを聞こうとした時、教室のドアが開き、担任の教師が入ってきた。沙紀は何も言わずに、前を向いてしまった。
 それにしても、沙紀の急変は、どうしたのだろうか。ソフトボール部に入部する、と言っただけなのに。ソフトボール部が何かあるのだろうか。香織は、何も分からず、ただ沙紀の背中を見つめるしかなかった。
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