貴方の残酷なほど優しい嘘に
日曜日、待ち合わせ場所である喫茶店に早目に着いた私は携帯電話のメール作成画面を開いていた。

来年、30を迎える。自分にはまだまだ先だと思っていたアラサーとゆう言葉がメールを打たせていた。もう、踏ん切りをつけなければ、このまま今の生活を続けていた所で先に私の望む生活があるとは思えない。

店員の『いらっしゃいませ』とゆう言葉に顔を上げると、先輩がこっちに手を振っているのが見えて携帯電話を閉じた。

メールは完成した。思ったより長文になってしまったけれど、後は送信を押すだけだ。

「ごめんね、待った?」

「いえ、大丈夫ですよ」

答えてから、先輩の横に立つ男の子に目を向けた。ジーンズに白の長袖のシャツとゆうシンプルな服装をしている。身長は高くも低くもない、細身の身体は男の子にしては華奢に見えた。どんな関係かと訝しんでいたが、なるほど『そうゆう関係』か、と納得出来た。

お世辞にもイケメンとは言えないが、佇まいは16歳とは思えない程大人びて見える。白い肌はいっそ病的にも見えなくは無いが、透明感がある。自分に向けられている二重の眼は、大きくは無いが優しさをたたえていた。

「はじめまして、誠と言います」

外見に反して低い声に私は少しドキッとした。

「はじめまして、ゆかです」

先輩は2年前に結婚していた。子供はいない。しかし、私は知っていた。先輩には『そうゆう関係』の男の子が今まで何人かいた、それは決まって歳下の素朴そうな子ばかりだった。流石に16歳は初めてだったが、それほど驚きはなかった。

「じゃ、行こうか」

先輩の言葉で、私達は喫茶店からカラオケに移動した。思えばカラオケなんて何年も行っていない、新譜の欄の曲もアーティストの名前も知らないものばかりだった。

自然と1番カラオケに行っていた高校時代の曲を入れる。先輩も似たようなものだった。

ふと、誠君に眼をやると、ほんの少しだけ困惑の色を浮かべ、それでも微笑みを携えて聴いていた。

ああ、そうか、私達の歌う曲はわからないんだ。

考えてみれば10年以上前の曲なのだから、誠君はまだ6歳かそれ以下、わかるはずもない。なのに、困惑こそ見えるが退屈そうな顔は見せなかった。

気遣いの出来る子なんだ。16歳にしてはしっかりしている。ほんの少しだけ彼に興味が湧いた。

先輩がトイレに立ち、誠君が自分の知らない今の歌を歌っている時、私は携帯電話を開いて自分の書いた別れのメールを読み返していた。

送信するだけで私の今の生活はガラリと変わるだろう。ただ、その送信ボタンはまるでミサイルの発射ボタンのように重く感じられた。

メールを眺めていた私は誠君の声が止んでいることに気づかなかった。曲だけが延々と部屋に響いていると気付いて顔を上げると、誠君の優しい視線が私に向けられていた。

「ごめんなさい、わからない曲だとつまんないですよね」

私は慌てた。それこそ、ここ数年で1番慌てた。誠君の視線に非難の色は微塵もなく、本当に申し訳ないとゆう気持ちだけが伝わってくる。それが私を更に焦らせた。いっそ非難のしてくれた方がマシだとすら思える。





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