狂おしいほど惹かれてく(短編集)
204:愛が痺れた
【愛が痺れた】




 数日前、ニュース番組で「働く女性の栄養不足」という特集を見た。

 首都圏で働く女性の食生活について調べたところ、多くの人が一日に必要なエネルギーを摂取していないという結果が出たらしい。その結果は、終戦直後よりも栄養飢餓状態らしい。

 アナウンサーの女性が、一日に必要なエネルギーや、働く女性たちの実際の食事内容について話しているのを見ながら、わたしもそうだったな、とぼんやり考えていた。

 以前のわたしもきっと、必要なエネルギーを摂取できていなかった。
 仕事に追われ、口にするのは、デスクで手軽に食べられる菓子パンやサラダやヨーグルト。朝や昼を抜く、ということもよくあった。

 それでもまあ元気に仕事ができたし、そもそも料理をしている時間が勿体ない。胃に何かを入れたら空腹は凌げるし、足りない栄養はサプリメントで補えばいいか、くらいにしか思っていなかった、のだけれど。

 友だちの紹介で真次くんと出会い、付き合うことになってから、そんな生活は180度変わった。

 真次くんは市内にある人気のレストランで、メインシェフとして働いている料理のプロ。そんな彼の料理を食べたら、今まで味わったことがないような幸せに包まれた。美味しい料理を食べるという行為が、生きていく上で何よりも幸福なのだと知った。

 一日三回、一年で千九十五回。間食を含まなければ、それだけしか食べる機会がないのだから、毎食美味しいものを食べたい。そう思わせてくれたのは、他でもない真次くんだ。


 それからレシピ本を買って、朝晩あれこれ作り始めた。昼は残り物をお弁当箱に詰めて持って行ったり、同僚たちと外に食べに行ったり。
 そうしていたら、ちょっとした肌荒れが治った。どの化粧水を使っても治らなかったから、こういう肌質なのかもしれない、と思っていたけれど、そもそも食生活が良くなかったらしい。

 わたしが楽しく料理をしていると知った真次くんは、わたしの料理を食べたがった。
 目も舌も肥えたプロに、料理を始めたばかりの素人の料理を食べさせたくはなかったけれど、真次くんが「美味い!」と満面の笑みで言ってくれるから。嬉しくなって、ますます料理に夢中になった。

 食後のコーヒーも、粉末をお湯で溶かすものから、コーヒー粉をドリッパーとフィルターを使って抽出するものに変えた。コーヒーなんて、インスタントだろうが缶コーヒーだろうが大差ないと思っていたのに。ドリッパーでじっくり抽出したコーヒーの美味しいこと美味しいこと。
 それからは好みの味を見つけるため、あれこれ豆を買い漁った。布フィルターを使ったネルドリップや、色々な形状や材質のドリッパーを試してみたりもした。

 少し前まで、胃に何かを入れたら空腹は凌げる、なんて考えていたのに。劇的な変化だ。

 そんな「食」の楽しみを教えてくれたのは、紛れもなく真次くんだ。

 真次くんとは、これから先もずっと一緒にいたい。ずっと真次くんの「美味い!」が聞きたい。
 一日三食、年間千九十五食を、真次くんと一緒に食べたいと。最近いつも思っている。願っている。



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