ハニートラップにご用心

「今すぐキスして、抱きしめて、めちゃくちゃに抱いて、俺がお前にとって人生で最高の男だって、俺じゃなきゃダメなんだって、思わせてやりたい」


顔を上げてこちらを向いた土田さんは、怒っているような、泣きそうになっているようにも見える表情だった。黒い瞳が私を捉えて、彼は無理矢理口角を上げた。


「でも、アタシはあなたを傷付けたくないし穢したいわけでもないの」


混乱と激情。押し寄せてくる感情の波に飲み込まれてしまいそうな男女が、ここには存在していた。


「私、土田さんなら……」

「言うな」


言いかけた言葉は、勢いよくはねつけられた。
止まりかけていた涙は、せき止められていたダムが決壊したように勢いよく流れ落ちていく。
彼は決して怒鳴ったわけでもない。
それどころか、その声には恐ろしくなんの感情も含まれていないように感じられたからだ。

得体の知れない何かに怯えて、私は肩を縮こませる。


「お前は今、失恋の感傷で自暴自棄になっているだけだ。それに……」


どうして?私はまた、バカなことをしてしまっているのだろうか。山本さんの時のように、また見落として、何かを間違えたのだろうか。


「今の俺じゃ、お前の気持ちに答えられない」


わからない。私には、もう。

――何もわからない。わかりたくない。



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