炭酸アンチヒーロー
数日前の、あの雨の日。

ふたりきりの部室で、男と女の力の差を利用した最低な俺に強く抵抗しなかった蓮見を、馬鹿だと言った。

……本当の馬鹿者は、一瞬でも自分の汚い欲望に身を任せようとしてしまった、俺の方なのに。



『ひ、ひどいよ辻くんっ』



乱暴に拭いた髪から香ったシャンプーの匂いとか、潤んだ瞳とか、紅潮した頬とか。

雨に濡れた空気の中、いつもより近い距離で見下ろした蓮見は、簡単に壊せてしまえそうで。

だから、気づいたら、勝手に体が動いていた。勝手に、ドアを開けようとしていた彼女の行く手を阻んで、そして迫っていた。



「……最悪だな……」



ひとけのない西階段をのぼりながらポツリとつぶやいた言葉は、誰に聞かれるわけでもなく空気に消える。

こわがらせた。……いや、もしかしたら嫌われたかもしれない。

あんなふうに密室で、あからさまに体格の違う自分に迫られたりして。
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