そんな君が好き。



あれから3日。

必殺ワザが効いたのか、伊月の姿は見えなかった。


「ほんま、ストーカー怖いわ……」

仕事を片付けながら、ブツブツと呟いていると「大丈夫か?」と心配そうな表情を浮かべて、営業職の中でも一番モテると噂の矢澤 高広(やざわ たかひろ)が目の前に立っていた。

「え、あ、はい。大丈夫です」

「なんで、標準語やねん!」

ツッコミを入れる真似をしながら、矢澤は笑う。

少々ナルシストではあるが、こういう気さくなところが、非常に女性にモテるのである。

しかし、ルックスだけで見れば悪くはない。

狙っている女性社員も少なくないことは、確かだ。


「ところでさ。宮田ちゃん」

「なんでしょう?」


「今夜暇?」

「は?」

「俺とデートしてください」

「ぜひ!」

と答えたのが、志帆ではなく美奈だったのだから、「なんでやねん!」という志帆のツッコミが入ったのは言うまでもない。


業務時間が終了して、美奈に無理やりメイクをやり直しさせられた。


「そのままの自分で勝負すればええやん」

「何を言ってるの!そんなアイシャドウが目の下に落ちてクマみたいになってる状態で、ビストロに行くつもり?」

「ビストロって何やねん」


「わかんないけど、今中目黒の方に行きつけのビストロを持つのが、男性の中で流行っているのよ!とりあえず、褒めておけばオッケー!」

訳のわからないアドバイスを受けて、背中をバンと叩かれる。


確かに、矢澤とのデートが上手くいけば彼氏をゲット出来るかもしれないし、婚活もしなくて済むかもしれない。


ここは一旦デートをして大人の女性としての振る舞いを見せておくべきだろう。


待ち合わせは同じ会社なのにも関わらず、何故か駅前だった。


「待った?」

「い、いえ」

一緒に来れば問題なかったやん。

とツッコミを入れたいが我慢する。


おデートなのだから!


「じゃあ、行こうか」


と連れて行かれたのは、やはりビストロ。


「俺の行きつけのビストロなんだ」

「わ、わぁあ!すごーい」

「だろ?」

何がすごいのか全くよくわからないまま、店の中にはいる。

ものすごくこじんまりとした店内の中で、無駄にビストロと書かれたメニューから、矢澤は何品か勝手に選んで注文してしまった。


え、うちに選択権ないん?


いやいや、せっかくのおデートなのに、そんな文句言ったらあかん。


ふぅ。と小さくため息をついて、窓の外に目をやった瞬間、志帆はギョッとした。


「な……なんやねん」


そこには沢村伊月がいたからだ。


< 8 / 14 >

この作品をシェア

pagetop