宵の朔に-主さまの気まぐれ-
気分が優れず、その後も元気のない凶姫を心配した柚葉は町へ出て様々な果実を買い求めた。

ひとりで出歩くことは朔から禁じられているため、輝夜が護衛としてついて来たので正直言ってまともに買い物ができない。

すぐに人だかりができて遠巻きに輝夜を見てはうっとりする者が続出するし、店に寄ったら寄ったで、無料で食べ物を貰ったりであっという間に両手は食料で塞がってしまった。


「私ほとんどお金払ってないんですけど…」


「いいんじゃないですか、何せ私はこの町を仕切る兄さんの弟ですから皆がいい顔をしたがるんですよ」


妖はとてもゆっくりにしか歳を取らないが、人の生はあっという間だ。

生きているうちに朔や輝夜たちを目にすること自体が眼福ものなため、貢物を差し出す者は普段から大勢居る。


「姫様大丈夫かなあ…。葡萄とか西瓜とかなら食べれるでしょうか」


「そうですね、夏ばてだとしたら水分を取るのが手っ取り早いでしょう。きっと喜んでくれますよ」


――にこっと笑った輝夜に励まされて屋敷に戻った柚葉は台所で西瓜を切って凶姫の部屋へ運んだ。

凶姫は横になっていたが、柚葉を見るなり起き上がって力なく笑った。


「美味しそうね」


「これただで頂いたんですよ。鬼灯様と町を歩くとお金を払わなくて済むって分かったからこれから引っ張り回そうかな」


朔から柚葉に嫁取りの話をしたと聞いていた凶姫は柚葉がどう思ったから最初は気にしていたが、柚葉は落ち込む様子もなくいつも通りで、殊更輝夜が関わると楽しそうにしているためちょっとからかってみた。


「鬼灯様といい感じなんじゃない?」


「まさか!あの人の秘密を私が握ってるから、私から目を離さないようにしてるだけですよ」


「秘密ってなんなの?楽しそうね!」


「ふふ、教えませんよ。内緒ですっ」


――柚葉と話していると少し元気が出て、西瓜を口に運んで甘い果汁が口の中で弾けると、凶姫の表情も輝いた。


「美味しいっ」


「良かった。じゃあ私も食べようかな」


きゃっきゃと明るい声の上がる部屋。

朔も輝夜も遠くからそれを聞いて頬を緩めていた。
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