宵の朔に-主さまの気まぐれ-
柚葉の目付きが変わった。

目聡くそれに気付いた輝夜は、動けないでいる朔から少し距離を取って縁側に近付くと、柚葉に声をかけようと口を開きかけた。


「…主さま」


――茫然としていながらも、朔の耳に柚葉の声は届いた。

首筋を伝う椿の指…かつてよく知っていた手つきだ。

回想に引きずり込まれそうになった時怒気を孕んだ声色で呼びかけられてはっとした朔は、振り返ることはできなかったが、絞り出すような低い声色で名を呼んだ。


「柚葉…」


「あなたにとって最悪の再会でしょう。だけど姫様にとってはもっと最悪の出来事です。その男に命を狙われて、今度はその人にあなたを狙われて、さらにその人は…あなたとの赤ちゃんを殺す、と言ったんですよ。ちゃんと分かっていますか?」


柚葉は朔の後姿を見据えながらもなお、糾弾を続けた。


「あなたは何を守りたいんですか?あなたが守ったものはなんですか?その人を…姫様よりも大切だと思いますか?なら姫様は…あなたにあげられません」


「柚葉…っ」


涙は出ない。

だが絶対に泣いているはずの凶姫に縋り付かれて、決意に満ちた目で朔を睨んだ柚葉は、ぴくりと肩が動いた朔に静かに問いかけた。


「あなたがその人を今も大切に思うのなら、どうぞ殺されて下さい。添い遂げて下さい。当主は鬼灯様に交代して下さいね、そして鬼灯様に‟渡り”を殺してもらってあなたのこと以外は全て元通り。…鬼灯様、あなたが見た未来とは全く違うでしょうが…これは主さまが選んだことなんです。分かって下さい」


「お嬢さん……そうですね…兄さんがそう望むのなら。兄さん、あなたが願ったように私が跡を継いでも構いませんよ。凶姫との子も私にお任せを。あなたのように間違った道は決して歩ませません」


……勝手に話を進めるな――


ごう、と風が吹いた。

朔のさらさらの黒髪が風に舞い、朔を愛しげに見つめていた椿が一歩よろめくように後退した。


輝夜が、微笑んだ。
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