いつか羽化する、その日まで

「本当に、今日会えてよかった。……無理やり本社出張代わってもらった甲斐があったなあ」

「え?」

「あ、いや、こっちの話」


村山さんが笑って誤魔化そうとしたので問い詰めようと息を吸い込む。
その時聞こえてきたのは、耳に優しい高い声だった。


「お弁当はいかがですかー?」

「お弁当二つ」


照れ隠しなのか近くに通りかかった車内販売にすかさず注文する村山さんに、文句のひとつでも言いたくなったが、とんでもなく美味しそうな駅弁を目の前にして、何も何も言えなくなってしまった。


「代金はちゃんと払いますからね!」

「ハイハイ」

「てっ、手を! 離してください!」

「食べ終わったらまた握っていい?」

「……」

「着くまで大分時間あるね。はあ、幸せだなあ」

「……」


すっかり調子を取り戻した村山さんは、絶好調だ。
この流れなら言えるかもしれない。何を言っても明るく笑い飛ばしてくれそうな気がする。
そう思った私は、お弁当の包みを開けながら小さく呟いた。


「わ、私も……幸せです」


それから約二十分。
お弁当を食べている間、村山さんはひと言も喋らなかった。

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