God bless you!~第6話「その手袋と、運命の女神」・・・文化祭
俺のおおむね順調から、マイナス1
「てゆうか、人の事より、黒川自身はどうなってんの」
何度も合コンを繰り返し、なのに未だ彼女成立には至っていない。
「前回の潮音女子はブスまみれ。あそこダメだ」と、その時取ったらしいプリクラ画像を机に並べて見せられた。
「全然加工してないじゃん。珍しい」
素顔が分かって好いかもしれない。それを言うと、
「ブスがデコるなんて100年早ぇーワ。俺は許さない」
黒川は面白くなかった合コンを〝ブスばっかり〟という言い方で表す事がある。だから、これを言葉通りに受け取る必要は無い。写真を見ても、まぁ普通というか普通の女子だった。
「砂田を誘ったんだけど、どれもイマイチとかって決まらず。彼女居るのに内緒で来た2名は除外。あとメンツが足りなくて、たまたまサッカー野郎を誘ったら、そいつに全部持っていかれちったよ」
だから、面白くなかったという事か。
「そのサッカー野郎って、まさか桐生?」
桐生という男子は、2年生でサッカー部のエース。
長身にバランスの取れた筋肉と、アイドルさながらのイケメン&爽やかさで第一印象から女子を釘付けにしたヤツ。それまで1番人気と言われていた剣持に彼女が出来たおかげもあり、今では実質、女子人気ナンバーワンに繰り上げとなった。
「まっさか。俺もそこまでハイリスク背負う気ねーよ」
別のサッカー男子を誘ったか。それでも撃沈か。例え桐生でなくとも、昨今サッカー部を誘うあたりで失敗は目に見えている。持っていかれて当然だろう。
1枚だけ普通の写真があった。うちの学校風景に、女子が1人写っている。
「この子知ってる?1年の寺島さん。今の俺の一押し」
テラシマ……その名前に聞き覚えがあった。「テニス部?」
「そう、それ。ねーちゃんも、すんげー可愛いかったじゃん」
「あー……」
今はもう卒業生。よく生徒会室にも出入りしていた先輩だ。やっぱりテニス部で、それも部長をやっていて、成績も良くて、確か今は国立。
「寺島さんとライン繋いで、友達も一緒にどうとか何とか、軽~るくカラオケに誘うのが順当かな。そんなら断られてもショックでかくないし」
そんなレベルから様子を見るんだと、黒川氏は語った……ライン、ネトゲ、カラオケ、合コン三昧。どれと1人には決め切れず、黒川は今も彷徨っている。
とはいえ、俺と違って黒川は、彼女は居なくてもずいぶん華やかだな。
「で、本命の吉森先生はどうすんの。テストで好い点取ったらライン教えてくれとか」
「何度も言わせんな。ブスとババァは眼中に無ぇよ。却下だ」
そこで、先生が来た!と、周囲が慌ただしくなる。
黒川は机に女の子と一緒に撮った写真を並べたまま。恐らく、吉森先生から注意されるまで決して収めようとはしない筈だ。1番、却下できないのは黒川自身。それこそ撃沈覚悟で先生から思いきってラインでも何でも聞き出せばいいのに。
テラシマさんと違い、吉森先生に断られたら相当ショックがでかい。
それが自分で分かるからだろう。思い切った事はもちろん、軽~るく近付く事すら出来ずにいる。
こう言う時、思うのだ。
例え決まった相手が居なくても、そんな幼稚なアプローチをしてでも気を引きたいと思う相手がいる事は〝幸せ〟。
可愛いと評判の後輩が話題に上っても、ねーさんの部活とか肩書きとか、俺にはそんな事しか浮かばない。合コン女子の写真を見せられても、ふーんで終わってしまう。そんな俺って、どこか虚しくて空っぽだ。
そこに、お馴染み女子グループがやってきて、「黒川ぁ、これはどこのブス?」と、さっそく合コン写真に喰い付いた。「潮音女子」と聞くと、
「あんた最近、見境い無くない?あそこ、おバカばっかだよ」
「そーだよ。アソコが、おバカだよ。だ~から、手っ取り早いだろがよ」
身もフタもない。女子グループも軽く引いている。
面白くなかったというだけで何の根拠も無くブスと言われ、下半身事情まで疑われてしまうとは……黒川の合コン先には深く同情するな。
そこに、「わ、ギリギリ」と、ノリが慌てて教室に入って来た。吉森先生が、「机の上の物を仕舞って」とテスト問題を配り始める。当然と言うか、黒川以外はバタバタと準備を始めた。
「あれ?右川さん、まだ?」
まだ来ていない。俺の斜め前は空いたまま。
「大丈夫かなぁ。走った後で具合悪そうだったから」
「平気だろ」
「平気かな」と、これから始まるテストより何より、まだ来ていない〝粒〟を、ノリはやたら気にする。
そこに……満を辞して、遅れて入ってきた。いつもの大きなリュックを担ぎ、着替えに間に合わなかったのか体操服姿のまま、のんびりと。
その粒サイズ。
20分くらいなら居ない事にも気付かれずにやり過ごせる気がする。席につくと、ノリだけに、「らす♪」と挨拶した。見た限り、普通に元気。心配無用。
タイミングよく配られてきたテスト問題を見て、「わ、いきなり図形♪」と、その場でぴょんと弾んだ。その声には、余裕を感じる。
リュックをドカッと置くと、その衝撃、後ろの黒川の合コン写真がきれいに吹き飛んだ。
黒川は、「わ!」と声を上げ、吉森先生に、「こら。そこ仕舞って」と注意されて、慌てて拾い集める。
先生の気を惹くという、まー、これで当初の目的は達成か。
その〝粒〟は、リュックを大きく開いてシャーペンと消しゴムだけを取り出した。うっかり見えたリュックの中味は制服シャツとスカートとティッシュと割箸と電卓と雑誌と。
「服も何も、グチャグチャじゃないか」
思わず顔をしかめると〝粒〟はチッと舌打ちした。
「いーの。今日はもう着替えないんだから。畳むの面倒くさいし」
ついでに帰っちゃおうかな♪とか言ってやがる。
「まだ3時間目だろ」
そこで吉森先生に、「こら。そこも」と注意された。
「のぞみちゃ~ん。仏像がぶつぶつ硬い事言って、テストの邪魔ですぅ~」
周りがクスクスと笑う。今度はこっちがチッと舌打ちした。
それきり、俺はそいつに取り合う事を止め、配られた問題に没頭する。そいつは終了10分前にはすっかり解き終えたらしく、机に突っ伏して眠り始めた。……相変わらずの余裕だな。
俺のおおむね順調から、マイナス1。
その原因たる物が、そいつ。〝粒〟
この145センチの、どチビ。
〝右川カズミ〟であった。
3時間目が終わってさっそくの事、
「右川会長、さっきのテスト。答え合わせ下さいっ」
ノリが恭しく手を差し出した。
「喜んでー♪」と、右川は愛想良く、答えを書きこんだ問題用紙を渡している。俺もちょっと、というか大分興味はあるが、ここで弱みを見せてはいけない。(背後から、微妙に覗こう。)
「ノリくん、その、会長に立候補の事……なんだけどさ」
右川は、リュックから取り出したチョコレートをポン!と口に放り込み、
「あれ、辞めたからね~ん」
不意を突かれて、ノリは驚くというより呆気に取られた。
「え?だって右川さん、立候補するってあん時……言ったよね?」
修学旅行。右川は、その場の勢い、会長選への出馬を宣言した。俺も聞いた。
「何か冷めちゃってさ。いいよね。みんな、あたしの言った事なんか忘れてるっしょ?」
ノリは、すがるように俺を見つめた。
今頃気づいたか。朝令暮改は当たり前。こいつは端からこうゆうヤツだ。
無抵抗なノリを相手に右川はますます図に乗って、「まー、言っちゃったからってさ、何が何でもやらなきゃって、そんな決まりは無いんだからさ♪」と、やっぱりそう来るか。
「右川、おまえは、俺と約束したよな」
〝何でも1つ、言う事を聞く〟
重森との3すくみ試験戦で、勝った俺が右川に突き付けた交換条件だった。
「あれ?仏像に耳は無いの?だーかーらー、何が何でも聞かなきゃって、そんな決まりは無いんだっうぐぶひえすしゃぁッ!!」
俺は最後までは言わせなかった。もじゃもじゃ頭の上からパコン×2を喰らわせる。チョコレートが変な所に入ったと、右川はゴホゴホと咳込んだ。
「もーっ!そんなの、あんたが出りゃいいじゃん。あんた暇でしょ」
「おまえこそ最強暇だろ。言ったからにはちゃんとやれ」
「どんなに暇でも、ツマんない事はやらないったらやらない」
俺がジャージの襟首を掴んで、「やれ!」と引っ張る。
それをもがいて振り払い、「やらない!」と右川は教室を飛び出す。
また……こんな不毛の言い争いを繰り返すのか。虚しいだけの。右川が消えた廊下の向こうから、「チビぃぃぃ!」と、別のケモノの雄叫びが聞こえる。
右川チビvs永田バカ。ケモノ同士の仁義なき戦い。あの修学旅行以来、それは出会い頭、どこでも始まった。
「右川ッ!おまえは沈めッ!会長はオレ様に渡せッ!」
「だーかーらー、それ直接、仏像に言えってばよ」
「言ってやらぁ!出て来い、沢村ぁ!チビのケツから突っ込めッ!」
「あんた頭ん中それっきゃないの!?」
ボカ。スカ。ドゴ。
校舎が割れないのが不思議な位だった。こっちは3組に戻りたくても、廊下にすら出て行けないし……もう、おウチ帰りたい。
教室の1番前、重森が静かに席を立った。面倒な事に巻き込まれたくないと言いたげな様子で、他の奴らに紛れて5組を出て行く。
一瞬、目が合った。右川ほど険悪でもない俺とは、挨拶ぐらいは軽く交わす。
ただ、それだけ。
それだけ。
それだけ……に終わってくれ。このまま。頼むから。
あの修学旅行以来、右川に向かう重森の怒りは頂点に達した。
ガチで右川に負けてホームに置き去りにされたとは口が裂けても言えないまま、重森は、永田と俺と3人、仲良く並んで先生からお叱りを受けた。
夏を超え、2学期を迎え、重森のその怒りは消化されないまま今に持ち越され、そして、どこからその話が漏れたのか(確実に永田だろう)、重森は吹奏楽部の先輩&後輩&華やかなOBから笑われ続けていると風の噂に聞けば……もう誰も彼を止められない。
次期部長の重森を怒らせ、とはつまり吹奏楽部を敵にまわし、もとから好い顔しないバスケ部も入れて、生徒会公認(本人公認はこれから)右川カズミの周りは不安材料だらけだ。
永田が5組に乱入した。(というか、ここは永田のクラスでもある。)
夏休み前より幾分、永田は日に焼けていた。髪の毛は全体的に短くスッキリまとめているが、前髪の特徴的なアシンメトリがやけに目立つ。個性的とも言える。イキっているとも。
「沢村ッ!おまえの彼女、見つけてやったゼーっと!」
見れば、永田に襟首を掴まれた細っこい男子が「嫌だ嫌だ!」と、ばたばた暴れていた。
「チビより胸がありゃいいだろがよッ!暗けりゃ分かりゃしねーよッ」
永田よ。
おまえは結局、また右川にヤラれて、逃げられて、そして身代わりの生け贄か。
「もう……いい加減にしろよ」
それ以外に言葉を持たない。次の授業のチャイムが鳴り、ばたばたと慌ただしく出たり入ったりの同輩の波に紛れて、「助かったー……」とばかりに、俺もその場を逃げ出した。
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