トライアングル・キャスティング 嘘つきは溺愛の始まり
この分では瑞希の台詞は削られそうだ。


「俺は瑞希ちゃんにフツーに『月がきれいですね』って言って貰いたいだけなんだよー、苛めてないよぉ。」


篤は公私混同も甚だしいことを言っている。関係者には悪いが、俺は瑞希の演技が下手なことにこっそりと感謝した。


瑞希の困惑した様子に思わず頬を弛ませていると、ふいに視線を感じる。張り付くような不快な気配。


何だ?


辺りを見渡しても怪しい人物は居ない。犯人の動きは終始目で追っているし、問題はないはずだが……と思案していると、


「もしかして、モデルのTAKUMAさん……?」


と近付いてくる女性がいた。身分証を見ると本物の企業のプレスの方のようで、俺が偽って付けている身分証と同じものを身に付けていた。


「今日は見学させて貰っていて、紛らわしい身分証を身に付けてすみません」


謝ると女性は全く気にする様子もなく「一緒に写真撮っても良いですか」と楽しげな様子なのでほっとした。


「うちの会社にこんないい男いるわけないと思ったー!」


「いえ、そんな、自分は。……恐縮です。」


彼女の話が長引きそうで困惑していると、視界の端で犯人が動くのが見えた。
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