御曹司のとろ甘な独占愛
 慧は彼女へ甘く蠱惑的な笑みを送り、わざとなのか「謝謝」と変な発音で口にする。
 するとフロアのあちこちから、彼が中国語を理解できないと思った女性販売員の色めき立つ声が聞こえた。

 彼は至極可笑しそうな笑みを噛みころしながら、コーヒーカップを持ち上げる。台北にホテルを構える有名ホテルグループの御曹司が、中国語を話せないわけがないのだ。
 一花は呆れた表情を浮かべた。

 腕時計をチラリと窺えば、既に一花の終業時間になっていた。

(どうしよう。このまま終業まで待たれたら、余計に断り辛くなる)

 慧は、このままここに居座るつもりだろうか。
 それとも、さっきまでの話は無かったことになっていて、自分は帰宅しても大丈夫なのだろうか。

「……あの、慧様。私、もう退勤の時間なんですが……」

「うん。荷物を取ったらまた戻ってきて。僕はここで待ってるよ」

 当たり前のように言われ、一花は眉を八の字にした。
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