御曹司のとろ甘な独占愛
 ◇

 とうとう、一花の帰国日となった。荷造りを終えたトランクをゴロゴロと押して、玄関の前に出す。

「もうお別れね。二週間、あっという間だったわ……」
「ありがとうございました、マーガレットさん。ご飯、いつも本当に美味しかったです」

 一花はマーガレットにお礼を言って、さよならのハグをする。
 ジョンは一花の頭に右手を乗せ、腰を屈めて目線を合わせた。伯睿の頭にも左手を乗せ、今度は、まるで弟を慰めるかのように、伯睿の髪をくしゃくしゃにかき混ぜた。

「さあ、そろそろ出発だ。最後のお別れを」

 ジョンが一花のトランクを押し、玄関を出て行く。
 一花は、伯睿に向き直った。

「二週間……ありがとう、ございました。……すごく、楽しかった! あの、これ、指輪のお礼……と言ったら、申し訳ないんだけど……」

 そう言って、一花は朝顔の花簪を伯睿へ渡す。
 天色の朝顔が、しゃなりと揺れる。

「……ありがとう。大切にする。……一花、俺は――」

 伯睿はそこで言葉を切ると、一花を強く、強く抱きしめた。彼女の顔を伺うと、ただ、そっと互いの額を合わせる。二人の視線が重なって、どちらともなく瞼を閉じた。

 伯睿は一花の頰に、触れるだけの口付けを、そっと落とす。切なさがこみ上げるような、静かな口付けだった。

 何も言わずに、伯睿は一花を抱きしめる腕をほどく。

 二人は視線を絡ませて、苦しいほどの名残惜しさを胸に押し込めながら、向き合った。

「――どうか、元気で。幸せに」

 一花は大きく頷く。

「……はい…………っ」

 ぼろぼろとこぼれる涙を指先で拭いながら、たくさんの言えない心を込めて、お別れの言葉を告げた。最後まで笑顔でお別れを言おうと思っていたのに、一花はポロポロと零れ落ちる涙の粒を止められずにいた。

 喉の奥がきゅうっと締め付けられる。ジョンの車に乗ると、いよいよあふれる気持ちが堪えきれなくなった。

 一花は、声を出して泣いた。
< 47 / 214 >

この作品をシェア

pagetop