妄想は甘くない
誘われたのか誘ったのか

何も手に付かないまま貴重な連休を無駄にして、週明けを迎えた。

仕事に集中しなければと身体に鞭打って、ディスプレイと睨み合いをしている内に火曜日は終了した。
慌ただしく過ぎ行く時間の中で大神さんのことは然程考えずに済んだが、水曜になり多少手が空くと、わたしの悪い癖が顔を出し始める。

良くも悪くも想像の世界に取り巻かれて生きている。
考え過ぎる性分は、微かに心を渦巻き始めた不穏な感情を読み取り、ほとんど無意識的に時計や電話機が視界にちらつく回数が増えた。

今週はまだ彼との仕事上の関わりはないままで、あんなことがあった後でどんな態度を取れば良いのかわからない現状で助かってはいる。
なのに心の何処かに、何かが起こるその時を待っているもう一人の自分が垣間見える気がして、請求書を窓付きの封筒に差し込みながら、自然と眉根が寄って来てしまう。


「お先に失礼しまーす」

例によって平然と笑顔を振り撒きつつ、定時で退社して行った倉橋先輩の香水の残り香が鼻に付いた。
システムに並ぶ先輩の置いて行った請求の一覧を眺めたが、不思議と憤りは湧いて来なかった。
寧ろ仕事に没頭していた方が余計なことを考えずに済む。
相手に対し負の感情ばかりを募らせても得るものはなく、益々増幅して行くだけだ。
大神さんに対しても、秘密がバレた際は恐怖の余りひたすら逃げることを考えていたが、意味のないことかもしれないと薄らと心を漂わせた。

夜はなかなか眠りに入ることが出来ずに、幾度も寝返りを打って過ごしたが、どこか客観的に傍観している自分も感じていた。

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