妄想は甘くない
驚いて跳ね上がりそうになった肩に置かれた手の力が篭められ、弾かれるように振り返る。
至近距離に飛び込んで来た瞳が細められかと思うと、端麗な顔立ちが、とびきり甘い微笑みを浮かべ囁く。
「お待たせ、茉莉」
その破壊力たるや、ふらふらと目が回って倒れてしまうのではないかと危機を抱いた程だった。
さらりと呼ばれた名前も相乗して、衝撃の余り何の言葉も発せられずに、逆上せあがった顔で固まってしまう。
そんなわたしを余所に、隣の人が呆然と立ち尽くしている男に鋭い視線をくれて続けた。
「……もう、“宇佐美”じゃなくなるんですよね」
今度は余裕たっぷりの取り澄ました顔が、躊躇いなく言いのけて見せた。
「“大神”になるんで、覚えておいて貰えます?」
その見目好い容姿に撃ち抜かれたのはわたしだけではなく、苦虫を噛み潰したような顔をしている男の奥さんも同じだったようだ。
「……っ、おい行くぞ!」
うっとりと見とれたような表情を浮かべている彼女の腕を取っ掴むと、泡を食って逃げ去った。