Dear Hero
ガラス窓の向こう
約束の日は1ヶ月以上も前に抑えた。
入場チケットもちゃんと手元にある。
バイト三昧で貯めた軍資金もちゃんと下ろしてきた。
決していい物ではないけれど、プレゼントも準備した。
御守り代わりに…哲ちゃんからもらった例のブツも鞄の奥底に忍ばせた。



「大ちゃん!依ちゃんの準備できたよ!」

自信作、とばかりに俺の前に連れ出された水嶋は、今日も姉ちゃんに上から下までスタイリングされたようだ。

「夜まで出歩くんでしょ?防寒対策ばっちりだからね」とのお気遣いまでいただいた。

初めて見るニット帽スタイルは、小柄な水嶋をより幼く見せる。
コートにマフラーと着込んだ水嶋は、ファッションショーを思い出させるようにモコモコしていた。


「じゃあ、行くか」


姉ちゃんたちに見送られて家を出る。
1月なのに、日差しの暖かい日だった。

「今日はどちらに行くんですか?」
「……内緒」



水嶋の誕生日が、ちょうど日曜日でよかった。
その土日に空いてるかと聞いたら、手帳をざっと見て「大丈夫です。その日はアルバイトもありませんので」と怪しむ事なく答えてくれた。
あ、こいつ、自分の誕生日の事忘れてるんだろうなって思った。

癪だけど、姉ちゃんや孝介たちにも相談したら全面的に協力してくれた。
家族全員にも口止めしてくれて、これまで“誕生日”のワードは出ていない…と思う。

ちょっと遠出して泊りで遊びに行こうかと言ったら、散歩に行く前の犬のように、しっぽをパタパタさせて喜んでたな。
特にこの2、3日は、待ちきれなさそうに学校でも家でもそわそわしているのがおかしくて仕方がなかった。


電車を乗り継いでいく。
普段めったと乗らない電車に揺られて、会話はなくても手を繋いで、窓の外を流れていく景色がビル街から田園風景に移っていくのを眺めているのが心地よかった。
駅の中で出口がわからなくなって迷子になりかけたところで、水嶋に行き先を白状して一緒に出口を探してもらった事は忘れたい。
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