Dear Hero

大人の階段登ってみる

「お野菜、これで足りますか?」
「もうちょっと切っとこ。余ったら俺、明日食うし」
「じゃあ、全部切っちゃいましょう」

慣れた手つきで野菜をどんどん切っていく依。
今日は、いつものメンツで集まって鍋パーティーだ。
依はその準備で忙しなく動き回っていた。




俺たちは、大学生になった。
示し合わせた訳でもないのに、みんな同じ大学に進学。
学部こそ違うものの、今でもこうやってよく集まってはつるんでる。
孝介や依なんかはもっといいとこ行けただろうに。
孝介は「家から通いやすいから」なんて言っていたけど、その一年後に栞ちゃんが後輩として入学したと聞いて納得した。


大学進学を機に、俺は一人暮らしを始めた。
家から通えない距離ではなかったけれど、早く独り立ちしたかったから。
……というのは建前で、姉ちゃんたちの目から逃げたかったのが本音なのだけども。
独り立ちなんてかっこいい事言ってはいるけど、今は学費も家賃も親に出してもらっているから、本当の一人前にはまだ程遠い。
生活費は自分でやりくりすると約束して、高校卒業と同時にファミレスのバイトは辞めて時給のいい居酒屋のバイトを始めた。

付け焼刃ではないけれど、もう一つ何か護れる力が欲しくて柔道部に入った。
久しぶりに袖を通した道着は、少し緊張したけどやっぱりしっくりきて、無心になって一つの事に集中できる。
部内に他にも上手い奴はたくさんいるのに、数ヶ月前に副主将を任命された時は驚いたけど、認めてもらえた事が素直に嬉しかった。


依は変わらず俺の実家に住んでいる。
さすがに未成年での同棲は樹さんに絞められると思って、口に出せなかった。
今のこんな生活じゃ家にいる時間も少ないし、依を一人にさせるよりかはよかったなって。
週末には俺も実家に帰るし、平日も俺の家に寄って飯作っていってくれたり、大学でも度々顔を合わせるから、まだ…なんとか我慢できる。
少しでも早く一緒に住みたいから、今は必死に頑張ってる。色々と。

実家では俺が使っていた部屋を依が使っている。
姉ちゃんは結婚して家を出て行ったし、颯希も高校生になったし一人部屋を、との事だそうだ。
実家に帰った時は依のベッドで一緒に寝るのが、今の一番の我慢タイムなんだけど。



そうやって、周りの環境が変わっていく中でも、気心の知れない奴らとつるんでいられるのが、少し幸せだったりもする。


< 313 / 323 >

この作品をシェア

pagetop