秋の月は日々戯れに

あの時とは違う、お湯で温めただけのレトルトを、似ているのではなく本物の駅前のカレーを、ただ黙々と――。

真っ暗で寒々しい家に帰ってくることに、慣れてしまえば楽になる。

“おかえりなさい”の声と出迎えの笑顔を忘れてしまえば、楽になれる。

でも――――


「忘れられるくらいなら、もうとっくに忘れてる……」


誰にともなく呟いて、一度手を止め、ふうっと息を吐いて天井を見上げる。

中辛だしベースは甘いからと侮っていたが、食べ進めるごとに辛さが増していく。

なんだか口の中がヒリヒリしてきて、彼は我慢できずに冷蔵庫に入っているお茶を取りに立ち上がった。

お茶の入った容器は、いつもドアポケットに入れてあるのだが、開けてみるとそこに目当てのものはない。

そう言えば、彼女が最後に作っていったお茶は飲んでしまったのだと思い出して、彼は仕方なく水道の水をコップに汲んだ。

本当に、忘れてしまえば楽になれるのに、どうにも彼女を思い出してしまうきっかけが、この狭い家の中には溢れている。

最初に汲んだ水をグイっと飲み干して、もう一度新しい水でコップを満たしてからテーブルに戻ると、彼はまた黙々とスプーンを動かしてカレーを口に運んだ。
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