イケメンエリート、愛に跪く


愛は何とか前田部長から考える時間をもらう事ができた。
でも、たったの一週間だ。

前田部長が帰った後は、誰も愛に声をかけない。

地道に頑張っているアナウンサーからしてみれば、今の私の存在は邪魔者でしかない事は分かっている。
特番のMCは、実力と人気のあるアナウンサーが抜擢されるはずなのに、スキャンダルまみれの私がただの視聴率稼ぎのためにオファーされている事実は、この部屋で働く人間にとって疎ましさ以外の何ものでもない。

結局、この日は帰りの時間まで、愛は誰とも話す事はなかった。
定時になると、そそくさとアナウンサー室を後にした。
針のむしろのような空間に、一分でも一秒でも居たくなかったし、居るための体力も気力ももう私には残っていなかったから。


でも、愛は、舟との約束だけは忘れていなかった。

時間を潰したくてもどこにも行く場所はなく、愛は待ち合わせの公園にトボトボと向かった。
でも、こんなにも早くに会社を出てきたから、きっと舟君はまだ居ないだろう。

愛は公園のベンチで待つつもりでいた。
そのつもりで温かい缶コーヒーを自販機で買った。


「え…? 舟君…?」


公園の入口にある門柱に、舟がもたれて立っているのが見える。

え? でも、見間違いかな…?
だって、こんなに早くに舟君がいるはずない…

愛が歩みを進めるにつれて、舟の輪郭が大きくなるにつれて、涙で霞んで舟が見えない。

こんなに早くに舟君は私を迎えに来てくれた…

その思いやりが嬉しくて、愛は堪えても堪えても涙が止まらなかった。








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