お気の毒さま、今日から君は俺の妻

 勇気を出してさしのべた手を素通りされたような気がして、澄花は内心面白くない。


(私が悪いの……? でも、そんなに怒るようなことじゃないわよね?)


 澄花はこの気まずい空気の原因となった、とある御曹司とのやりとりを思いだしていた。




 澄花が通っている三浦海岸近くの乗馬倶楽部は、澄花はオーナーは篠崎という七十代の紳士で、龍一郎も子供の頃からの知り合いらしい。そして倶楽部の会員もすべて篠崎の昔からの知り合いで構成されているが、変にかしこまった雰囲気もなく、穏やかな社交の場という雰囲気だ。

 今日、澄花はひとりでここに来ていた。
 龍一郎は仕事で遅れて来る予定なのだ。だがそれも何度かあったことだったので、特に気にしてはいなかった。


「ひとりで大丈夫かい?」
「ええ。大丈夫です。お天気もいいし、今日のレオもとってもいい子だし」


 心配する篠崎に、澄花は笑顔になって、ゆっくりと馬の首を撫でる。

 ぶるる、と返事をするレオは栗毛の優しい子で、温和で初心者向けと言われ、澄花はいつもレオに乗らせてもらっている。そして澄花も、つい先週から、引馬なしでひとりで馬を操れるようになっていた。


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