今宵、エリート将校とかりそめの契りを
それを目の高さまで掲げてジッと見据え、ゴクッと喉を鳴らす。


総士の首に両手をかけたあの夜。
もしこの短刀を取り戻せていたら、彼を殺せたんだろうか――?


それに、琴は自分で答えを出す。


(もし、なんて考えなくていい。どちらにしても、今、私にこの短刀はもう必要ない)


もう一度短刀を手にして、琴ははっきりと自覚した。
忠臣に見透かされた通りだ。
もう琴には、総士を殺すことができない。
この短刀が琴の手に戻って来ようが、もう彼女の胸に彼への憎しみは蘇りはしない。


(私が止めなきゃ……正一さんを)


琴は短刀を元の位置に戻し、大きく深呼吸した。


昨夜総士を襲ったのが、正一だという確証はない。
けれど琴は、これ以上総士が危険な目に遭うのも、正一の告発により失脚するのも望んでいない。
むしろ、自分が阻止しなければ。
琴は強い決意を胸に刻み込んだ。


(今夜、総士さんに向き合う時には……私も心を隠さずにいたい)


琴は踵を返し、総士の机に背を向けた。
大きく胸を張り、少し大きな歩幅で続き間を突っ切る。
総士の部屋を出た琴は、自室には戻らず一階に続く螺旋階段に真っすぐ向かった。
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