今宵、エリート将校とかりそめの契りを
まるで忠臣が声をかけるのを待ち構えていたかのように、総士が「わかったぞ」と一言口にした。
そして、鷹揚に長い足を組み上げる。


その短い言葉で、忠臣は総士がなにを言わんとしているか察した。
彼は、ピクリと眉尻を上げる。


総士は真っすぐ前を向いたままだ。
しかし、視界の端で忠臣の反応を確認している。


「上木正一。当時の階級は軍曹。上木呉服商の惣領息子だ。早乙女軍曹とは数年前から親交があり、同時期に欧羅巴の戦地にいた」


忠臣が問う前に、総士の方から淡々とした声で切り出した。
隣でゴクリと喉が鳴る音を聞いて、ようやく総士が忠臣に顔を向ける。


上木正一は、早乙女顕清の部隊が壊滅の憂き目に遭った際、その偵察隊に属していた。
総士がその事実を手短に告げると、忠臣は眼鏡の向こうの目を厳しく細めた。


「それは、もしや……」


そう呟いた忠臣がなにを直感していたか。
総士はそれを言わせる前に、目を伏せ小さく首を振った。


「この話を、琴に告げていいものか」

「え?」

「地雷原があったという事実を、上木正一は報告しなかった」


総士が一層声を潜めて、迷うように告げた言葉に、忠臣もゴクリと唾をのんだ。


「俺の言葉を琴が信じなければ、わざわざ伝える意味もない」


総士は目を伏せたまま、らしくないほど沈んだ様子で、窓の外に顔を向けた。
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