今宵、エリート将校とかりそめの契りを
口元に手を当て、琴が俯く様子を見下ろしていた総士が、わずかに眉をひそめる。
彼は琴にはなにも言わず、くるりと背を向けた。
そして、屋敷の玄関に向けて踏み出す。


「忠臣。その娘を連れて、執務室に戻って来い」


総士はキビキビと命令をして、忠臣の横を通り過ぎていった。
命を受けた忠臣が「はい」と言って振り返る。
総士は背を向けたまま、姿勢よく颯爽と歩いていった。


「さて、と」


忠臣は視線を琴に向け、なにか逡巡するように顎を摩った。
彼につられるように、総士の背を見送っていた琴は、ギクッとして顔を上げた。


彼女が怯む様子を見透かした忠臣は、口元に薄い笑みを浮かべ、ゆっくりと歩み寄ってきた。
琴の目の前で地面に片膝をつき、彼女の顎を乱暴に掴んで、喉が仰け反るほど強引に上を向かせる。


「っ……」

「十七か。その年からでは、花形の花魁になることは、諦めるのが賢明だ」


残忍とも言える冷たい視線を注がれ、琴は無意識にヒクッと喉を鳴らした。


「没落華族とは言え、先祖を辿れば天皇陛下の外戚に当たる、早乙女子爵ご令嬢……。好き者の客が集まりそうだ」


忠臣の冷酷な脅しのような言葉が、さらに琴を追い込んだ。
身体はカタカタと震え出す。
歯が鳴らないよう耐えるのが、精一杯だった。
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