今宵、エリート将校とかりそめの契りを
「どうして……お兄様を……」


彼女の悲痛な声が、か細く響く。
総士は一度ギュッと目を閉じ、肩を震わせる琴を抱き寄せた。


「琴。誰がお前に、そんなことを話したんだ?」


心を探る総士に、琴は声をのみ込み、ただ嗚咽だけを漏らした。
返事が返ってこないことに小さな溜め息をつき、総士は琴の身体に回した腕に黙って力を込めた。


「……キャラメル、食べたか?」


琴の耳元にそう訊ねかけると、彼女がビクッと肩を震わせたのが伝わってくる。
それでも、無言で頷く琴に、総士は心の底からホッと息を吐いた。


「琴、眠れ。俺の腕の中で」


総士はそう言って、琴を抱きかかえたままベッドに横たわった。
腕の中の琴の身体は、強張りはあっても抵抗は感じられない。


「……っ、うっ……」


胸元で肩を震わせる琴の泣き声は、聞こえないフリをした。


月が雲に隠れ、夜の帳が下りる。
一層闇が深まる寝室で、琴の泣き声も空気に溶け込むように消えていった。


胸に抱きしめた彼女の身体から完全に力が抜け落ちるまで、総士は目を開けたままでいた。
やがて小さな寝息が耳をくすぐり始め、総士もようやく眠りについた。
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