やく束は守もります

△４手 厳冬

岩で囲まれた露天風呂を照らすのは、ランタンに似せたライトと内湯から洩れる灯りだけ。
それさえも立ちのぼる湯気でぼやけてしまい、この広いお湯の海には果てがないかのように、香月には思えた。

「この辺にしておこうか」

座れそうな岩を見つけた美優が、その隣にすんなりとした身体を落ち着けるので、岩を挟んで反対側に身体を沈めた。

美優が旅行券2万円分を引き当てた忘年会から2週間。
ふたりは隣県にある温泉旅館に来ていた。
クリスマス直前に彼氏と別れた美優が、元気すぎる傷心旅行を計画し、強引に休みを合わせたからだ。

「あ、こっちはちょうどいい」

内風呂は熱過ぎた。
泉質によって、たまにピリピリすることもあるけれど、それとは違う痛みを肌に感じたほど。

「うん。だけど気温との差で湯気がすごい。今夜、冷えてるね」

胸の上まで外気にさらしていた美優が、すぐに首までつかる。
香月も両手をお湯から出してみたが、燃えて煙が上がっているように見えた。

「こんなに暗いのに、ダイヤって光を集めるんだねえ」

真に関心したように、美優は香月の左手を凝視している。
光っているのは、休みのときだけつけている婚約指輪だ。

「・・・そうだね」

吐き出した溜息はおそらく白かったはずなのに、湯気に紛れて見えなかった。
それでも耳聡く音を拾った美優が呆れた声を出す。

「まだマリッジブルー？贅沢者め！そんなに気が重いなら、いっそやめちゃえばいいんじゃないのー？」

「うん、そうする」

間違いなく冗談で言ったつもりの美優が、湯気の向こうで言葉を失った。

「・・・いつ、破談になったの？」

「まだそこまでは」

「じゃあ、どういうこと？」

「今、そう決めたところ」

結婚を躊躇う原因が何なのか、それは香月自身もはっきりとはわかっていなかった。
けれど、きっかけのひとつは、式場の選定だった。