恩返しは溺甘同居で!?~ハプニングにご注意を!!
1. ことのはじまり。

 「あっ」と一声あげるのが精一杯だった。

 両手が本で塞がっていたから手すりも掴めない。

 『本は守らなきゃ…』

 なんて冷静に考えているようで、とっさの判断を間違えているところから、すでにパニックになっていた証拠だったと思う。

 定時の時刻が迫っていてちょっと焦っていた。
 普段はワゴンに乗せてエレベーターで持って降りるはずの蔵書を「大した量じゃないから階段の方が早いよね」と、ちょっと無理をした。両手に二十冊以上の本を抱えて、若干前が見え辛くなっていたのも敗因の一つだと思う。
 「急がば回れ」という皆が良く知ることわざをちょっと前の自分に言い聞かせたい。
 
 蔵書の重さにバランスを取りながら、階段を二歩降りたとき、「ドンっ」と腰に衝撃がきた。
 下から駆け上がってきた子どもが私の横腹にぶつかったのだ。
 
 重なった本が斜めなった重みで私は体のバランスを崩した。
 踏み下ろそうとしていた左足の着地点がずれる。
 そのまま私の体も階下に向かって傾いていった。

 スローモーション、て本当にあるんだな。
 本がバラバラと階段の上を飛んでいく。
 まるで魔法で鳥になったみたい。
 
 なんてのんきなことが頭をよぎった後、私はこのあと襲ってくるであろう痛みに耐える為、ギュッと目をつぶった。



 ドンっ!………と派手な音が聞こえたのに、どこも痛くない。
 それどころか、何か温かなものが体を覆っているようだ。
 シトラスの爽やかな香りがしてなんだか癒される……。

 自分がどうなっているのか確認するのが怖かったけれど、おそるおそる目を開けてみた。

 「!!!!」

 
 しっかりとした腕が私を抱えていた。
 私は今朝出会ったばかりの男性に抱きしめられて、階段の下に二人で倒れていたのだった。
 
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