そのなみだに、ふれさせて。



瀬奈は本当に鋭い。

何に対しても鋭くて、見透かされているような気分になる。そのたびに、ひどく息が詰まって。



「瀬奈、早く入っていらっしゃい」



扉越しに聞こえた南々ちゃんの声に、救われた。

瀬奈の意識が一瞬逸れたのをいいことに、「部屋行ってるね」と逃げるように自室に向かう。



瀬奈の声がわたしを追ったけれど、足は止めなかった。

そのまま自室に入ってベッドに寝転んだ瞬間、気持ちがゆるんでしまったのか、視界が歪む。



「っ……」



わたしは。

わたしは、翡翠の代わりだった。



留学することを決めていた翡翠は、絶対に生徒会役員にはなれなかった。

だから、その代わりとして選ばれたのが、双子の妹のわたしだった。




翡翠のために用意された箱に、わたしが代わりに入っただけ。

生徒会役員のわたしに与えられたものは、わたしのものであって、わたしのものじゃない。



だからみんな、気を遣ってる。

わたしが、翡翠の代わりでしかないこと。



必要とされたのは、翡翠とよく似た能力だけ。

わたしである必要はなかった。──わたしの居場所は、どこにもないの。



幼い頃の、みんなの笑顔なんて遠い記憶の中。

ふたつの表札が並ぶあの場所で、みんなが笑い合える日なんて、もう二度と来ない。



だから。だから、わたしは。

自分の名字とは何ら無縁の、この家で。



「翡翠……」



まるで、もがくように。

居場所を探して、呼吸を続けているんだろう。



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